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環境学

2023.04.26

大気中の黒色炭素(すす)の光学的物性を解明

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学宇宙地球環境研究所の大畑 祥 助教らは、東京大学大学院理学系研究科の茂木信宏助教らの研究グループと共に、太陽放射の吸収を通じた気候強制因子である黒色炭素(注1)について、大気放射計算に必要な光学的物性を初めて定量的に評価しました。
燃焼に伴い発生する黒色炭素は、大気中のエアロゾル質量のうち数%以下の過ぎないものの、大気や雪氷面において太陽放射を効率的に吸収することで、大気のエネルギー収支と降水量に影響を及ぼします。現在の大気では、産業革命前に対して全球平均で二酸化炭素・メタンに次いで3番目に大きな正の有効放射強制力(注2)を持つとされています。
本研究では、大気中の黒色炭素について、太陽放射の散乱・吸収の効率を決めている基礎物性値である複素屈折率mr + imi(注3)の実部mrと虚部miの範囲を解明しました。実部は物質内での光の速度を決め、虚部は物質内での光の吸収を決める物性値です。
大気から捕集して水に分散させたエアロゾル粒子に複素散乱振幅センシング法(注4)を適用することで、系統誤差要因を排除した複素屈折率の評価を初めて実現しました。
本論文は、米国エアロゾル学会のAerosol Science & Technology 誌のHeadline Infographic(注5)に選出されました。

 

【ポイント】

◆主要な気候強制因子の一つである黒色炭素の光学的物性値の現実的な範囲を解明しました。
◆微粒子の散乱波の位相・振幅の測定に基づく新しい観測手法によりこれを実現しました。
◆本成果により、リモートセンシングや気候モデリングで用いられる黒色炭素の複素屈折率の仮定値がより確かなものに更新され、気候の分析・予測の精度向上につながることが期待されます。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

(注1) 黒色炭素: 化石燃料やバイオマス燃料の燃焼や森林火災に伴い発生する、ほぼ炭素だけからなる黒色の固体物質。個々の黒色炭素粒子はナノ粒子の凝集体として存在している。全球的に分布する地球大気エアロゾルの普遍的な化学種の一つ。英名Black Carbon (BC)。一般に煤(すす)とも呼ばれているものと同義。
(注2) 有効放射強制力: ある因子が気候系に加えられた直後に宇宙空間と地球との放射エネルギー収支がどの程度変化するのかを、大気の温度・湿度・雲の応答まで考慮して見積もった数値。正の場合は温暖化、負の場合は寒冷化の作用を意味する。気候モデルを用いて算出される。
(注3) 複素屈折率mr + imi: 物質中の電磁波の伝搬・吸収を支配する基礎物性。実部mrは位相速度を決め、虚部miは吸収に伴う減衰率を決める。非磁性体では複素屈折率は複素誘電率の平方根に等しい。凝縮体の場合、構成元素・分子だけでなく結晶構造などにも依存する。通常、反射率や透過率の測定値に幾何光学の理論式をフィットすることで決定される。反射率や透過率が定義できない波長スケールの粒子状物質については、電磁波散乱の厳密解を何らかの観測量(散乱や吸収など)の測定値とフィットすることで決定される。
(注4) 複素散乱振幅センシング: 近年開発された、流体中の個々の粒子の散乱波の位相・振幅を同時に測定する技術(https://doi.org/10.1364/OE.423175)。
(注5) Headline Infographic: 特にインパクトが大きいと考えられる研究論文をAerosol Science & Technology 編集部が年間4報ほど選出し、その成果の広報資料として編集部が製作するイラスト入り記事。

 

【論文情報】

〈雑誌〉Aerosol Science and Technology
〈題名〉Constraining the complex refractive index of black carbon particles using the complex forward-scattering amplitude
〈著者〉N. Moteki, S. Ohata, A. Yoshida, K. Adachi
〈DOI〉10.1080/02786826.2023.2202243
〈URL〉https://doi.org/10.1080/02786826.2023.2202243

 

【研究代表者】

宇宙地球環境研究所 大畑 祥 助教
https://acg.isee.nagoya-u.ac.jp/