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医歯薬学

2023.07.14

炭水化物・脂質の摂取と死亡リスクとの関連 〜極端な食事習慣が生命予後(寿命)に影響を与えることを発見〜

名古屋大学大学院医学系研究科予防医学分野の田村高志講師、若井建志教授らの研究グループは、日本多施設共同コーホート研究(J-MICC 研究[主任研究者:愛知県がんセンター研究所がん予防研究分野松尾恵太郎分野長])*1 の追跡調査データを用いたコホート研究*2 として、日本人の炭水化物・脂質の摂取量と死亡リスクとの関連について調べました。その結果、男性の低炭水化物摂取および女性の高炭水化物摂取が全死亡リスクとがん死亡リスクを高めること、女性の高脂質摂取が全死亡リスクを下げる可能性があることを発見しました。本研究は、文部科学省科学研究費学術変革領域研究「コホート・生体試料支援プラットフォーム(CoBiA)」による助成を受けて行われました。
炭水化物と脂質の摂取制限(ローカーボ食と低脂質食の勧め)は、体重減少や血糖値の改善などを促して、私たちの生活習慣病の予防にとって有用ではないかと考えられています。しかし、このような極端な食事習慣がもたらす長期的な生命予後(長生きできるかどうか)については明らかではありません。欧米をはじめとする諸外国における近年の疫学研究*3 は、極端な炭水化物と脂質の摂取習慣が死亡リスクを高めることを示唆しており、低炭水化物食と低脂質食がもたらす「短期的な効果」と「長期的な生命予後」のあいだに大きな矛盾があるため、国際的な関心が高まっています。しかし、欧米人よりも一日あたりの炭水化物摂取量が多く、脂質摂取量が少ない日本人を含む東アジア人での知見はほとんどありません。
そこで本研究グループは、J-MICC 研究の参加者約 8.1 万人のおよそ 9 年間の追跡調査によって、日本人の炭水化物・脂質摂取量と死亡リスクとの関連を評価しました。研究対象者の一日あたりの炭水化物・脂質摂取量(g)は食物摂取頻度調査票*4 によって推定し、エネルギー比率(%)*5 として算出しました(炭水化物1g は 4kcal、脂質 1g は 9kcal のエネルギーを生成します)。男性の炭水化物摂取 50-<55%群(基準群)を 1 としたとき、男性の低炭水化物摂取群(<40%群)で全死亡リスクは 1.59 倍(傾向性 P 値 *6 = 0.002)、がん死亡リスクは 1.48 倍(傾向性 P 値 = 0.071)に増加しました。女性では、追跡期間が 5年以上の場合、50-<55%群(基準群)を 1 としたとき、高炭水化物摂取群(≥65%群)の全死亡リスクは1.71 倍(傾向性 P 値 = 0.005)に増加し、がん死亡リスクも同様の傾向を認めました(傾向性 P 値 = 0.003)。
男性の脂質摂取量と死亡リスクとの関連については、20-<25%群(基準群)を 1 としたとき、高脂質摂取群(≥35%群)でがん死亡リスクが 1.79 倍、循環器疾患死亡リスクは脂質摂取量とともに増加しました(傾向性 P 値 = 0.020)。一方で、女性の脂質摂取量の増加は全死亡リスクとがん死亡リスクを下げる傾向が観察されました(それぞれ傾向性 P 値 = 0.054, 0.058)。
本研究グループによる研究結果は、「ローカーボ食またはハイカーボ食がよい」、「脂質摂取はできるだけ控えたほうがよい」とする食事習慣を見直すことを提案しています。本研究は 2023 年 6 月 2 日付オンライン版『The Journal of Nutrition』に掲載されました。

 

【ポイント】

○ 極端な炭水化物と脂質の摂取習慣が「長期的な生命予後(寿命)」に影響を与える。
○ 低炭水化物食の推奨、高脂質食の制限はかならずしも良いとは言えない可能性がある。
○ 将来の死亡リスクを考えるうえで食事バランスの重要性が示唆される。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

*1日本多施設共同コーホート研究(J-MICC 研究):日本全国でおよそ 10 万人の参加者の健康状態(がん罹患や死亡など)を 20 年にわたって追跡し、どのような人がどんな病気になりやすいかを調べる研究です。本研究は 2005 年に調査を開始し、現在は全国 13 の研究グループによって運営されています。研究参加者の生活習慣だけでなく、遺伝的な背景も考慮して病気の原因を調査しており、日本ではじめての大規模分子疫学コホート研究です。
*2コホート研究:「ある要因を持つ集団」と「ある要因を持たない集団」(コホート)を未来に向かって追跡し、各集団で発生する将来の結果(死亡率や罹患率など)の違いを評価することができる研究で、さまざまな要因と結果の関連を調べることができます。コホート研究は、対象者が持つ要因を結果が生じる前に把握したうえで、長期にわたって結果を追跡するため、信頼性の高いエビデンスを示すことができます。
*3疫学研究:ヒト集団を対象として疾患や健康に関する要因を調べる研究の総称です。近年は大規模な疫学調査データを取り扱うことが多く、ヒトの生活習慣だけでなく遺伝的な要因も組み合わせて、死亡率や罹患率の違いなどを評価します。疾病予防、公衆衛生上の政策の立案に重要な役割を担っている研究です。
*4食物摂取頻度調査票:どのような食品をどれくらいの頻度と量で摂取しているかを調べるために使用するアンケートで、特定の食品項目(たとえば大豆、小魚、ヨーグルト、緑茶など)が一覧になっており、研究参加者はそれぞれの食品や飲み物をどのくらいの頻度と量で摂取するかを選択肢から回答します。本調査票の回答にもとづいて、栄養素摂取量や食品群摂取量を推定することができます。本調査票の目的は、その人がどのような食習慣あるいは栄養素摂取の傾向を持っているかを把握し、他の生活習慣データや追跡調査データとあわせて、健康への影響を正しく評価することです。
*5エネルギー比率(%):全エネルギー摂取量のうち、特定の栄養素によるエネルギー摂取量が占める割合のことで、食事バランスの目安の一つです。エネルギー比率は、栄養調査や疫学研究だけでなく、食事摂取基準を策定する際にも活用されます。
*6傾向性 P 値:関連の傾向(要因が増えるほどリスクが上昇または低下すること)を評価し、その有意性を判断するために用いられる統計学的な指標です。「原因と結果の関連が偶然によるものかどうか」を明らかにし、P 値が小さいほど(通常は 0.05 以下)その関連が偶然ではない可能性が高くなります。

 

【論文情報】

掲雑誌名:The Journal of Nutrition
DOI:10.1016/j.tjnut.2023.05.027.
URL:https://doi.org/10.1016/j.tjnut.2023.05.027
論文タイトル:Dietary carbohydrate and fat intakes and risk of mortality in the Japanese population: the Japan Multi-Institutional Collaborative Cohort Study
著者:Takashi Tamura1, Kenji Wakai1, Yasufumi Kato1, Yudai Tamada1,2, Yoko Kubo1, Rieko Okada1, Mako Nagayoshi1, Asahi Hishida1, Nahomi Imaeda3,4, Chiho Goto5,4, Hiroaki Ikezaki6,7, Jun Otonari8, Megumi Hara9, Keitaro Tanaka9, Yohko Nakamura10, Miho Kusakabe10, Rie Ibusuki11, Chihaya Koriyama12, Isao Oze13, Hidemi Ito14,15, Sadao Suzuki4, Hiroko Nakagawa-Senda4, Etsuko Ozaki16, Daisuke Matsui16, Kiyonori Kuriki17, Keiko Kondo18, Naoyuki Takashima16,18, Takeshi Watanabe19, Sakurako Katsuura-Kamano19, and Keitaro Matsuo13,20;
for the Japan Multi-Institutional Collaborative Cohort (J-MICC) Study
所属:
1 Department of Preventive Medicine, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Japan.
2 Department of International and Community Oral Health, Tohoku University Graduate School of Dentistry, Sendai, Japan.
3 Department of Nutrition, Faculty of Wellness, Shigakkan University, Obu, Japan.
4 Department of Public Health, Nagoya City University Graduate School of Medical Sciences, Nagoya, Japan.
5 Department of Health and Nutrition, School of Health and Human Life, Nagoya Bunri University, Inazawa, Japan.
6 Department of General Internal Medicine, Kyushu University Hospital, Fukuoka, Japan.
7 Department of Comprehensive General Internal Medicine, Kyushu University Faculty of Medical Sciences, Fukuoka, Japan.
8 Department of Psychosomatic Medicine, Graduate School of Medical Sciences, Kyushu University, Fukuoka, Japan.
9 Department of Preventive Medicine, Faculty of Medicine, Saga University, Saga, Japan.
10 Cancer Prevention Center, Chiba Cancer Center Research Institute, Chiba, Japan.
11 Department of International Island and Community Medicine, Kagoshima University Graduate School of Medical and Dental Sciences, Kagoshima, Japan.
12 Department of Epidemiology and Preventive Medicine, Kagoshima University Graduate School of Medical and Dental Sciences, Kagoshima, Japan.
13 Division of Cancer Epidemiology and Prevention, Aichi Cancer Center Research Institute, Nagoya, Japan.
14 Division of Cancer Information and Control, Aichi Cancer Center Research Institute, Nagoya, Japan.
15 Department of Descriptive Cancer Epidemiology, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Japan.
16 Department of Epidemiology for Community Health and Medicine, Kyoto Prefectural University of Medicine, Kyoto, Japan.
17 Laboratory of Public Health, Division of Nutritional Sciences, School of Food and Nutritional Sciences, University of Shizuoka, Shizuoka, Japan.
18 NCD Epidemiology Research Center, Shiga University of Medical Science, Otsu, Japan.
19 Department of Preventive Medicine, Tokushima University Graduate School of Biomedical Sciences, Tokushima, Japan.
20 Department of Cancer Epidemiology, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Japan.

 

<プレスリリース英語版>
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_E/research/pdf/The_230714en.pdf

 

【研究代表者】

大学院医学系研究科 田村 高志 講師
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/yobo/

 

【関連情報】

インタビュー記事「糖質制限、いいの?悪いの? J-MICC研究が検証」(名大研究フロントライン)