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医歯薬学

2023.08.07

難病 ALS における発症機序の一端を解明 〜TDP-43 タンパク質の単量体化が早期病態解明の鍵となる〜

名古屋大学環境医学研究所病態神経科学分野の山中宏二 教授、大学院医学系研究科神経内科学の大岩康太郎 客員研究者(筆頭著者)、勝野雅央 教授、愛知医科大学加齢医科学研究所神経 iPS 細胞研究部門/内科学講座(神経内科)の岡田洋平 教授らの研究グループは、筋萎縮性側索硬化症(ALS)の発症に関わるメカニズムとして、TDP-43 タンパク質の生理的な二量体化・多量体化※1が障害されて単量体化※1することが一因となっていることを解明しました。
ALS は運動をつかさどる神経(運動ニューロン)の細胞死によって全身の筋肉がやせて筋力が低下し、発症から 2~5 年で死亡する最も重篤な神経変性疾患の1つです。TDP-43 というタンパク質は健常な運動ニューロンでは核に存在しますが、ALS 患者の運動ニューロンでは TDP-43 が核外の細胞質に脱出して凝集体を形成すること(TDP-43 病理)が特徴です。しかしながら、そのメカニズムはこれまでよく分かっていませんでした。
タンパク質の中には2つの分子、もしくはさらに多くの分子(単量体)同士が結合して二量体・多量体を形成するものがありますが、TDP-43 も通常は二量体・多量体として存在します。また、TDP-43 は複数のドメイン(部分構造)からなり、その中でも N 末端ドメインが二量体化・多量体化に重要です。この二量体化・多量体化は細胞内で TDP-43 が正常に機能するために必要なことが知られていますが、ALS の病態にどのように関与しているのかは不明でした。本研究グループは ALS 患者の脳組織や脊髄組織を解析し、ALS の病変組織では TDP-43 の N 末端ドメインを介した二量体化・多量体化が低下して単量体化していることを発見しました。また、神経系の培養細胞や iPS細胞※2由来の運動ニューロンにおいても TDP-43 の単量体化を誘発すると、ALS患者と同様の病態を再現することを確認しました。さらに、TDP-43 の二量体化・多量体化を簡便・迅速に定量評価できる測定技術「TDP-DiLuc」を開発して、TDP-43 の単量体化が ALS 病態の早期に起きている現象であることを見出しました。
本研究により、TDP-43 の単量体化が ALS の病態において重要な役割を果たしていることが明らかになりました。これまで TDP-43 病理の上流メカニズムはほとんど未解明でしたが、TDP-43 の単量体化に着目することで、将来的に ALS における早期病態解明、早期バイオマーカーの発見や新たな治療法の開発につながることが期待されます。本研究成果は 2023 年 8 月 4 日(日本時間 8 月 5 日)付で米国科学誌「Science Advances」に掲載されました。

 

【ポイント】

・筋萎縮性側索硬化症(ALS)の病変で TDP-43 タンパク質の生理的な二量体化・多量体化※1が障害されて単量体化※1していることを発見
・神経系培養細胞や iPS 細胞※2由来運動ニューロンにおいて TDP-43 単量体化が ALS病態を再現
・TDP-43 の二量体化・多量体化を定量する新規測定法「TDP-DiLuc」を開発・TDP-43 の単量体化が ALS の早期病態である可能性
・ALS における早期病態解明、バイオマーカーや新たな治療法の開発に期待

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

※1 単量体(化)・二量体(化)・多量体(化)
2つのタンパク質が物理的・化学的な力で結合した複合体を二量体、さらに多くの分子の複合体を多量体という。複合体を形成していないタンパク質を単量体という。

 

※2 iPS 細胞
人工多能性幹細胞。皮膚や血液などの細胞に遺伝子を導入することにより、ES 細胞と同様に体を構成する全ての種類の細胞に分化することが可能になった細胞。

 

【論文情報】

雑誌名:Science Advances
論文タイトル: Monomerization of TDP-43 is a key determinant for inducing TDP-43 pathology in amyotrophic lateral sclerosis
著者名:
Kotaro Oiwa1, 2, Seiji Watanabe1, 3, Kazunari Onodera2, 4, 5, Yohei Iguchi2,Yukako Kinoshita1, Okiru Komine1, 3, Akira Sobue1, 3, 6, Yohei Okada4, 5, Masahisa Katsuno2, 7, Koji Yamanaka1, 3, 7, 8 *
所属名:
1. Department of Neuroscience and Pathobiology, Research Institute of Environmental Medicine, Nagoya University, Nagoya, Aichi, 464-8601, Japan
2. Department of Neurology, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Aichi, 466-8560, Japan
3. Department of Neuroscience and Pathobiology, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Aichi, 466-8560, Japan
4. Department of Neural iPSC Research, Institute for Medical Science of Aging, Aichi Medical University, Nagakute, Aichi, 480-1195, Japan
5. Department of Neurology, Aichi Medical University School of Medicine, Nagakute, Aichi, 480-1195, Japan
6. Medical Interactive Research and Academia Industry Collaboration Center, Research Institute of Environmental Medicine, Nagoya University, Nagoya, Aichi, Japan
7. Institute for Glyco-core Research (iGCORE), Nagoya University, Aichi, Japan
8. Center for One Medicine Innovative Translational Research(COMIT), Nagoya University, Nagoya, Aichi, Japan
DOI:10.1126/sciadv.adf6895

 

English ver.
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_E/research/pdf/Sci_230805en.pdf

 

【研究代表者】

環境医学研究所 山中 宏二 教授
http://www.riem.nagoya-u.ac.jp/4/mnd/index.html