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複合領域

2023.08.04

細菌の前進・後退を決めていたタンパク質の構造変化 ―方向制御が可能な極小分子モーターの開発に貢献―

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院理学研究科 小嶋誠司教授、本間道夫名誉教授(研究当時:大学院理学研究科 教授)、同 大学院創薬科学研究科 甲斐荘正恒客員教授は、大阪大学蛋白質研究所 宮ノ入洋平准教授、名古屋工業大学大学院工学研究科 錦野達郎博士(研究当時:大阪大学蛋白質研究所_日本学術振興会特別研究員 PD,)、長浜バイオ大学 バイオサイエンス学部 白井剛教授、 東京薬科大学生命科学部 土方敦司講師(研究当時:長浜バイオ大学バイオサイエンス学部 プロジェクト特任講師)の研究グループとともに、細菌が持つ運動器官であるべん毛モーター※1を構成するタンパク質FliGの構造動態を核磁気共鳴法※2および分子動力学計算法※3を用いることで解明しました。FliG 分子は、車の部品で例えるならギアのような役割をすることで、細菌が前進と後退することを可能にします。べん毛モーターは、細菌が後退するための時計回りと、前進するための反時計回りの両方向に回転します。本研究では、モーターが時計回りと反時計回りの時ではFliGの構造やその周囲に存在する水分子との相互作用が異なることが明らかとなり、この違いによって、細菌は環境変化に応答して瞬時に前進と後退を切り替えできることが分かりました。
この知見をもとに、生物がもつ極小分子モーターの回転方向制御機構が解き明かされれば、自由自在に回転を制御する人工的なナノマシンを設計することができるようになり、医療や人工生命設計など、様々な分野に応用できることが期待されます。
本研究成果は、米国科学誌「iScience」(オンライン)に2023年7月18日(火)0時(日本時間)に公開されました。


【ポイント】

◆ 魚の表面に付着する細菌の一種である海洋性ビブリオ菌が持つべん毛モーターの回転方向が、クラッチの役割をもつタンパク質FliGの構造変化により決まることを突き止めた。
◆ FliGの構造変化と、それにより生じるFliGと水分子の相互作用の変化が回転方向決定に支配的な役割を果たすことを示した。
◆ これらの変化がモーター中のリング複合体全体に伝わることで、細菌はべん毛モーターの回転方向を瞬時に切り替えることができると考えられる。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 
【用語説明】

※1 べん毛
細菌の細胞表面から生えた螺旋状の運動器官。その根元には、細胞膜に埋め込まれた回転モーターが存在する。モーターは回転子と固定子から構成される。細胞膜を隔てたイオンの濃度勾配差を利用して固定子が回転し、その回転が回転子に伝わることでモーターが回転する。

 

※2 核磁気共鳴法
原子核の磁気的性質(核スピン)を観測する分光法。原子核の周りの電子の状態や原子の結合状態を知ることができるため、蛋白質の立体構造情報を原子レベルの分解能で知ることができる。他のタンパク質構造解析手法である結晶構造解析やクライオ電子顕微鏡単粒子解析と異なり、溶液中の状態でも構造情報を得ることができるため、蛋白質の運動性や細胞内環境での構造変化を捉えることができる。

 

※3 分子動力学計算法
多数の原子が集まってできたタンパク質などの集合体の構造や動きをコンピュータ上での計算により研究する手法。集合体を構成する各原子に働く力について、ニュートンの運動方程式から作られた特別な計算式を用いて数値的に解いていくことで、各原子がどのように動いていくかをコンピュータ上でシミュレーション(類推)できる。

 

【論文情報】

本研究成果は、2023年7月18日(火)0時(日本時間)に米国科学誌「iScience」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Changes in the hydrophobic network of the FliGMC domain induce rotational switching of the flagellar motor”
著者名:Tatsuro Nishikino, Atsushi Hijikata, Seiji Kojima, Tsuyoshi Shirai, Masatsune Kainosho, Michio Homma, Yohei Miyanoiri
DOI:https://doi.org/10.1016/j.isci.2023.107320
本研究は、日本核術振興会(科学研究費助成事業)、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED) 創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業(創薬等支援技術基盤プラットフォーム事業(BINDS)及び、大阪大学蛋白質研究所超高磁場 NMR共同利用研究課題の支援を受けて行われました。
また、本研究は名古屋大学、長浜バイオ大学、大阪大学が共同で行ったものです。

 

【研究代表者】

大学院理学研究科 本間 道夫 名誉教授
https://www.nagoya-d-lab.com/