TOP   >   医歯薬学   >   記事詳細

医歯薬学

2023.08.23

長鎖非翻訳 RNA ががん細胞の DNA を損傷から保護するしくみを解明 -グリオブラストーマに対する臨床治験の実施へ!

名古屋大学大学院医学系研究科・腫瘍生物学分野の近藤豊(こんどうゆたか)教授、鈴木美穂(すずきみほ)助教(筆頭著者)、飯島健太(いいじまけんた)助教(研究当時、現 浜松医科大学)(筆頭著者)らの研究グループは、名古屋大学大学院医学系研究科・分子腫瘍学分野の鈴木洋(すずきひろし)教授らとの共同研究により、タンパク質に翻訳されない RNA(長鎖非翻訳 RNA※1)のうち TUG1※2 が、がん細胞の DNA を損傷から保護し増殖を助ける分子機構を解明しました。
がん細胞は活発に分裂し増殖するため、非常に速く DNA をコピーする必要があります。しかしがん細胞は正常な細胞と比べて DNA の変異や異常などの障害が多く、DNA のコピー(複製)がうまくできずに止まってしまうことがしばしばあります。これまで、がん細胞がどのように DNA の異常を解消し、すばやくコピーを続けていくのかは不明でした。
本研究グループは、がん細胞で高い発現を示し、かつ、がんの発生・悪性化に関与していることが知られている長鎖非翻訳 RNA に着目しました。そして、DNA の複製に問題が生じたときに、細胞内で速やかにつくられる長鎖非翻訳 RNA 、TUG1(Taurine Upregulated Gene 1)を発見しました。TUG1 は DNA の複製を止めてしまうような DNA の異常な構造をがん細胞で解消する働きをもつことがわかりました。そこで、TUG1 が高発現する難治性のがんであるグリオブラストーマ※3(脳腫瘍)で TUG1 を阻害すると、DNA 複製が止まり、細胞死が誘導されました。脳腫瘍マウスモデルを用いて TUG1 を阻害する核酸医薬(TUG1-DDS)とグリオブラストーマの標準治療薬テモゾロミドの併用治療を行った結果、腫瘍の増殖が著しく抑制され、生存期間が劇的に改善しました。
TUG1-DDS はすでに非臨床治験を終え、グリオブラストーマに対する有効性を検討するため、2024 年 3 月ごろを目途に、名古屋大学医学部附属病院、京都大学医学部附属病院、国立がん研究センター中央病院にて医師主導臨床治験が開始されます。
本研究は英国科学誌「Nature Communications」(2023 年 8 月 22 日付(英国夏時間)オンライン版に掲載されました。

 

【ポイント】

・がん細胞に特徴的な高い複製ストレス※4 は、DNA 損傷とその修復過程における遺伝的エラーの可能性を高め、発がんの促進やがんの進展を加速させることがよく知られています。
・しかし、がん細胞が高い複製ストレスに晒されながらも、複製を完了させ細胞増殖していく機構は完全に解明されていません。
・タンパク質の生成に関わらない長鎖非翻訳 RNA は、近年がんの発生・悪性化や薬剤耐性との関連が報告されています。
・私たちは長鎖非翻訳 RNA のひとつ TUG1 が複製ストレスの原因となる R-loop※5 を解消する機能を持つことを発見しました。
・TUG1 は、複製ストレスに応答してすみやかに発現上昇します。そして R-loop に結合する RPA タンパク質と、R-loop を解消する RNA ヘリケースタンパク質 DHX9 と直接結合し、マイクロサテライト配列※6 を含む R-loop を解消することを明らかにしました。
・TUG1 を抑制すると R-loop が蓄積し、DNA が激しく損傷するためアポトーシス※7 による細胞死が誘導されました。
・TUG1 が高発現しているグリオブラストーマ細胞を用いた脳腫瘍モデルマウスで、TUG1 を抑制する核酸医薬(TUG1-DDS)とグリオブラストーマの標準治療薬テモゾロミドの併用治療を行った結果、顕著な抗腫瘍効果が得られました。
・TUG1-DDS は難治性のがんであるグリオブラストーマにおいて有効な治療薬となる可能性があります。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

※1 長鎖非翻訳 RNA
細胞を構成するタンパク質は、RNA を翻訳することで作り出されます。しかし RNA の中にはタンパク質に翻訳されない“非翻訳 RNA”が存在し、こうした非翻訳 RNA は様々な機能を持つ可能性が明らかになっています。非翻訳 RNA の中で全長が 200 塩基以上のものを長鎖非翻訳 RNA といいます。
※2 TUG1(Taurine Upregulated Gene 1)
長鎖非翻訳 RNA のひとつ。脳腫瘍をはじめ多くのがんで発現が上昇しており、がんの発生・悪性化や抗がん剤の耐性に関与していることがわかっています。
※3 グリオブラストーマ
脳のグリア細胞から発生する悪性脳腫瘍の一種。原発性脳腫瘍の中で最も悪性度が高く、急速な増殖、浸潤性、治療抵抗性を特徴とします。
※4 複製ストレス
複製ストレスとは、細胞が DNA のコピーを作ろうとする際に、途中で障害に直面することで DNA 複製が止まってしまうことです。複製ストレスは DNA のコピーミスにつながり、遺伝的エラーの可能性を高め、がんなどの疾患を引き起こす可能性があります。しかし細胞には、DNA を無傷に保ち、深刻な問題を防ぐために、複製ストレスを感知し解消する方法があります。
※5 R-loop
R-loop とは、一本鎖 RNA 分子が DNA 二重らせんの片方の鎖に結合し、もう片方の DNA 鎖がループ状に飛び出した構造のことです。R-loop には、遺伝子制御など正常な細胞にとって有益な機能を果たすものもありますが、がん細胞の高い複製ストレスにより形成され DNA 損傷を引き起こす場合もあります。
※6 マイクロサテライト配列
"CACACA "のような 2~6 塩基の繰り返し配列からなる反復 DNA 配列。
※7 アポトーシス
傷ついた細胞や古くなった細胞、不要な細胞を除去するために、細胞が自己破壊するしくみ。

 

【論文情報】

雑誌名:Nature Communications
論文タイトル:TUG1-mediated R-loop resolution at microsatellite loci as a prerequisite for cancer cell proliferation
著者名・所属名:
Miho M. Suzuki1, †, Kenta Iijima1,2, †, Koichi Ogami3, Keiko Shinjo1, Yoshiteru Murofushi1, Jingqi Xie1, Xuebing Wang1, Yotaro Kitano4, Akira Mamiya1, Yuji Kibe1,4, Tatsunori Nishimura1, Fumiharu Ohka4, Ryuta Saito4, Shinya Sato5, Junya Kobayashi6, Ryoji Yao7, Kanjiro Miyata8, Kazunori Kataoka9,10, Hiroshi I. Suzuki3,11,12, and Yutaka Kondo1,11,12, *

 

1Division of Cancer Biology, Nagoya University Graduate School of Medicine, 65 Tsurumai-cho, Showa-ku, Nagoya, Aichi, 466-8550, Japan
2Laboratory Animal Facilities and Services, Preeminent Medical Photonics Education and Research Center, Hamamatsu University School of Medicine, 1-20-1 Handayama, Higashi-ku, Hamamatsu, Shizuoka, 431-3192, Japan
3Division of Molecular Oncology, Nagoya University Graduate School of Medicine, 65 Tsurumai-cho, Showa-ku, Nagoya, Aichi, 466-8550, Japan
4Department of Neurosurgery, Nagoya University Graduate School of Medicine, 65 Tsurumai-cho, Showa-ku, Nagoya, Aichi, 466-8550, Japan
5Molecular Pathology and Genetics Division, Kanagawa Cancer Center Research Institute, 2-3-2 Nakao, Asahi-ku, Yokohama, Kanagawa, 241-8515, Japan.
6School of Health Sciences at Narita, International University of Health and Welfare, 4-3, Kozunomori, Narita, Chiba, 286-8686, Japan
7Department of Cell Biology, Japanese Foundation for CancerResearch, 3-8-31 Ariake, Koto-ku, Tokyo, 135-8550, Japan
8Department of Materials Engineering, Graduate School of Engineering, The University of Tokyo, 7-3-1 Hongo, Tokyo, Bunkyo-ku, Tokyo, 113-8656, Japan.
9Innovation Center of NanoMedicine, Kawasaki Institute of Industrial Promotion, 3-25-14 Tono-machi, Kawasaki-ku, Kanagawa, 210-0821, Japan.
10Institute for Future Initiative, Bunkyo-ku, The University of Tokyo, 7-3-1 Hongo, Bunkyo-ku, Tokyo, 113-0033, Japan.
11Institute for Glyco-core Research (iGCORE), Tokai National Higher Education and Research System Furo-cho, Chikusa-ku, Nagoya, Aichi, 464-8601, Japan.
12Center for One Medicine Innovative Translational Research (COMIT), Nagoya University, Nagoya, Japan
共同第一著者
*責任著者

 

DOI: 10.1038/s41467-023-40243-8

 

English ver.
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_E/research/pdf/Nat_230822en.pdf

 

【研究代表者】

大学院医学系研究科 近藤 豊 教授
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/cancerbio/