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化学

2023.09.22

近赤外領域に蛍光を示す分子骨格を開発 ~反芳香族性の増大と緩和を両立させた設計法を確立~

国立大学法人海国立大学機構 名古屋大学大学院理学研究科の村井 征史 准教授とトランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM※1)・学際統合物質科学研究機構(IRCCS※2)の山口 茂弘 教授らの研究グループは、近赤外領域に吸収帯および蛍光帯を示す反芳香族性分子の開発に成功しました。
800 nmを超える近赤外領域で発光する有機分子の開発は、ヘルスケア用途に応用可能な光エレクトロニクス材料注6)や、生命科学研究の基盤技術の蛍光イメージングをはじめ、様々な分野で強く求められています。本研究では、その新たな分子骨格として、反芳香族性をもつアゼピンに芳香族ヘテロ環注7)であるチオフェンを縮環したジチエノ[b,f ]アゼピンが有用であり、この骨格への電子受容性基の導入により、近赤外領域での吸収および蛍光が実現されることを見出しました。この発見の鍵は、狭いHOMO-LUMOギャップをもつ反芳香族化合物にポリメチン注8)型の共鳴の寄与をもたせることで、電子遷移を起こりやすくしたことでした。ジチエノ[b,f ]アゼピンは三環性でありながら、これを実現した有用な基本骨格でした。今回の成果は、小さな骨格で近赤外発光材料を設計する上での、新たな戦略として期待されます。
本研究成果は、2023年9月21日付けで論文誌「Angewandte Chemie International Edition」オンライン版に掲載されました。

 

【ポイント】

・近赤外領域注1)に吸収および発光を示す分子骨格を開発するために、反芳香族化合物注2)がもつ狭いHOMO-LUMOギャップ注3)を利用した。
・反芳香族性のアゼピン注4)にチオフェンを縮環させることによる反芳香族性とポリメチン性への二面的な効果が反芳香族化合物に発光性を付与する戦略となることを実証した。
・電子受容性基注5)を適切に選択することで、850 nmを超える近赤外領域での狭帯蛍光の発現に成功した。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

注1) 近赤外領域:
可視光より長波長の電磁波の中で、波数12500~4000 cm-1(波長800~2500 nm)の光。
注2) 反芳香族化合物:
4n個のπ電子を含む環状共役系からなる化合物。4n+2個のπ電子からなる芳香族化合物とは対照的に不安定であり、高い反応性をもつことが多い。
注3) HOMO-LUMOギャップ:
電子が入った最もエネルギーの高い軌道(HOMO)と、電子が入っていない最もエネルギーの低い軌道(LUMO)のエネルギー差。
注4) アゼピン:
共役したトリエンの両末端の炭素を窒素で連結した7員環構造の化合物。
注5) 電子受容性基:
低いエネルギー準位に空の軌道をもつことにより、結合している骨格から電子を受け取りやすい性質を示す置換基。
注6) 光エレクトロニクス材料:
光と電子の挙動に基づいた電子工学分野の技術に用いられる材料。有機分子を用いたものでは、有機発光ダイオードや有機レーザーなどが挙げられ、計測、医学、エネルギー関連分野、情報関連分野への応用が期待される。
注7) 芳香族ヘテロ環:
芳香族性をもつN, O, Sなどのヘテロ原子を含む環状化合物。
注8) ポリメチン:
メタンCH4から水素を3つ除去したメチンが、共役した二重結合を介して複数連結された構造。シアニンやキサンテン、スクアリウム系化合物を始め、色素の基本骨格として広く用いられている。

 

【論文情報】

雑誌名:Angewandte Chemie International Edition
論文タイトル:Dithienoazepine-Based Near-Infrared Dyes: Janus-Faced Effects of a Thiophene-Fused Structure on Antiaromatic Azepines
(ジチエノアゼピン骨格を有する近赤外色素: チオフェンの縮環がアゼピンの反芳香族性に与える二面的な効果)
著者: Masahito Murai*, Takahiro Enoki, Shigehiro Yamaguchi*
村井 征史*、榎 隆宏山口 茂弘*、*は責任著者、下線は本学関係者)
オンライン版公開日:2023年9月21日
DOI: 10.1002/anie.202311445
URL: https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/anie.202311445

 

※1【WPI-ITbMについて】(http://www.itbm.nagoya-u.ac.jp)
名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(ITbM)は、2012年に文部科学省の世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)の1つとして採択されました。
WPI-ITbMでは、精緻にデザインされた機能をもつ分子(化合物)を用いて、これまで明らかにされていなかった生命機能の解明を目指すと共に、化学者と生物学者が隣り合わせになって融合研究をおこなうミックス・ラボ、ミックス・オフィスで化学と生物学の融合領域研究を展開しています。「ミックス」をキーワードに、人々の思考、生活、行動を劇的に変えるトランスフォーマティブ分子の発見と開発をおこない、社会が直面する環境問題、食料問題、医療技術の発展といったさまざまな課題に取り組んでいます。これまで10年間の取り組みが高く評価され、世界トップレベルの極めて高い研究水準と優れた研究環境にある研究拠点「WPIアカデミー」のメンバーに認定されました。

 

※2【IRCCSについて】(http://irccs.nagoya-u.ac.jp)
学際統合物質科学研究機構(IRCCS)は、名古屋大学、北海道大学触媒科学研究所、京都大学化学研究所附属元素科学国際研究センター、九州大学先導物質化学研究所の4大学がコアとなり、単なる研究所連携を越えた組織として、2022年に名古屋大学に設置されました。物質創製化学分野の融合フロンティアの開拓に挑むとともに、国際・異分野・地域・産学官の連携を強力に進める場を構築することにより、当該分野の世界的トップ拠点の形成を目指しています。触媒、バイオ機能、マテリアルを中心とした新分野創出の潮流を生むとともに、持続可能社会の進歩に貢献する科学研究を展開することを目的としています。

 

【研究代表者】

トランスフォーマティブ生命分子研究所(ITbM)/学際統合物質科学研究機構(IRCCS)/大学院理学研究科 山口 茂弘 教授
大学院理学研究科 村井 征史 准教授

https://orgreact.chem.nagoya-u.ac.jp