TOP   >   数物系科学   >   記事詳細

数物系科学

2023.11.02

トポロジカル物質における表面超伝導を発見 ~新しいタイプの非従来型超伝導物質~

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院工学研究科の矢野 力三 助教、柏谷 聡 教授らの研究グループは、東京大学物性研究所の岡本 佳比古 教授らとの共同研究で、ノーダルライン半金属と呼ばれるトポロジカル物質における表面超伝導注5)を新たに発見しました。実験に用いられたのはCaAgPおよびPd(パラジウム)を少量ドープ注6)したPd-CaAgPであり、ディラック点注7)と呼ばれる直線バンドの交差点が、フェルミレベル注8)の近傍でリング状につながった特有な電子構造を有する物質です。本物質では理論解析に基づきフラットバンド注9)表面状態が形成されること、またPdドープにより超伝導が発現することは既に明らかにされていました。今回の研究では、電気2重層トランジスタ注10)を用いた電気輸送測定に基づき、非常に高い移動度(~105cm2/Vs程度)を有する電子キャリアは表面層に局在しており、物質内部とは異なる表面状態に起因することが明確になりました。またトンネル分光法注11)という電子状態観察手法に基づき、発現した超伝導は表面層に存在することが同定され、表面状態が超伝導の起源となっている表面超伝導の可能性が示されました。さらに観察された超伝導ギャップ構造注12)がゼロバイアス・コンダクタンスピーク注13)という特徴的なスペクトル形状を有することに基づき、表面超伝導が非従来型超伝導性を有していることが明らかにされました。
本研究にて、トポロジカル物質の表面状態が起源となる新たなタイプの超伝導状態が確認されたことにより、今後類似の物質群でもフラットバンド高温超伝導や新たな非従来型超伝導が発見されることが期待されます。
本研究成果は、2023年10月26日Nature Communications誌にウェブ上で先行公開されました。

 

【ポイント】

・ノーダルライン半金属注1)CaAgP(カルシウム銀リン化物) の表面状態に起因する電子キャリア注2)を発見。
・表面層に非従来型超伝導注3)が発現していることを解明。
・トポロジカル物質注4)の表面状態の持つ新たな性質を明らかにした。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

注1)ノーダルライン半金属:
トポロジカル物質の一種であり、ノーダルライン半金属はディラック点がリング状に並んで存在している半金属物質のこと。CaAgPは物質内部ではノーダルラインリングを有し、フェルミ面はノーダルラインのごく近傍に位置し、表面層ではドラムヘッド型分散と呼ばれるフラットバンド状態が現れることが山影らの理論解析によって明らかにされている。CaAgPを研究に用いる長所としてフェルミ面近傍ではディラックバンド以外の余計なバンドが存在しないため、ノーダルライン半金属固有の性質が研究できることが挙げられる。
注2)電子キャリア:
半金属は伝導バンドと価電子バンドがフェルミレベル近傍で交差する電子構造を有し、半金属内のキャリアは、ホール係数が負の電子キャリアと、ホール係数が正のホールキャリアの2種類が共存する。輸送特性は通常2キャリアモデルに基づき解析される。
注3)非従来型超伝導:
従来型の金属超伝導では超伝導電子対がBCS理論に基づく等方的なスピン1重項状態であるのに対して、非従来型超伝導では超伝導電子対が非等方的、あるいはスピン3重項状態となっている。これらの電子対の状態に依存し、超伝導ギャップ構造が変化する。
注4)トポロジカル物質:
従来のよく知られた金属や半導体とは異なり、バンド構造に非自明な幾何学的性質をもつ物質群を指す。物質の端(エッジ)に対応する表面層に、物質内部(バルク)と異なる表面状態を有することが特徴として挙げられる。トポロジカル物質の代表例であるトポロジカル絶縁体では、内部は絶縁体であるが、表面層には金属状態が出現する。
注5)表面超伝導:
物質内部とは異なる超伝導が表面層に発現したものを表面超伝導という。トポロジカル物質等では内部と表面層では電子状態が大きく異なるが、このような場合には、内部では超伝導が起こらず、表面層のみで超伝導が発現するようなことが起こりうる。
注6)ドープ:
電界効果や不純物等によりキャリア濃度の調整を行うことをドープという。電子(ホール)キャリアをドープすることを電子(ホール)ドープと呼ぶ。簡易なモデルでは、バンド構造は不変のままフェルミレベルを上下に変調させる効果を有する。
注7)ディラック点:
ディラック電子系と呼ばれる物質群では、エネルギーの分散関係が直線である伝導バンドと価電子バンドが一点で交差する。この点をディラック点と呼ぶ。直線分散を有する電子は、相対論的効果を含めた運動方程式(ディラック方程式)に従うことが知られている。
注8)フェルミレベル:
物質の有するエネルギーバンドにおいて、電子によって占有された最大のエネルギーレベルのこと。
注9)フラットバンド:
電子の分散関係(エネルギーの波数依存性)において、エネルギーが波数に依存しないバンドをフラットバンドと呼ぶ。CaAgPに期待される表面状態はドラムヘッド型の弱い分散を有していると理論的に示されているが、実質的にフラットバンドに近い構造と言える。フラットバンドが存在すると、状態密度(単位エネルギー当たりの電子の状態数)がピークを作り、高温超伝導や強磁性を引き起こす可能性が指摘されている。
注10)電気2重層トランジスタ:
電界効果トランジスタの一種で、電界を試料に印可することにより試料にキャリアをドープするために用いられる。通常の電界効果トランジスタでは固体絶縁膜を利用して電界を印加するのに対して、電気2重層トランジスタはイオン液体を用いて電界を印加することで、通常の電界効果トランジスタよりも100倍程度高いキャリア濃度の調整を可能としている。
注11)トンネル分光法:
トンネル接合とトンネル効果を用いて金属の表面における電子状態密度分布を観測する手法であり、トンネル接合の微分コンダクタンスが電子の状態密度に対応する。特徴としてエネルギー分解能が極めて高いことが挙げられ、超伝導エネルギーギャップなどエネルギースケールの小さい電子現象の観測に力を発揮する。トポロジカル物質のような物質内部と表面層で電子状態が異なる物質の場合には、トンネル分光法で観測されるのは表面層の状態となる。
注12)超伝導ギャップ構造:
超伝導は電子がクーパー対という電子対を構成することにより発現し、電子状態密度にはエネルギーギャップが生じる。このエネルギーギャップの波数空間内での構造を超伝導ギャップ構造と呼ぶ。従来型超伝導と非従来型超伝導ではクーパー対の有する対称性に対応して超伝導ギャップ構造が異なり、実験的にはこの超伝導ギャップ構造を明らかにすることで両者の区別が可能となる。
注13)ゼロバイアス・コンダクタンスピーク:
トンネル分光法で超伝導体の観測を行うと、従来型超伝導の場合は、微分コンダクタンスには超伝導エネルギーギャップがそのままコンダクタンスディップとして観測されるが、非従来型超伝導の場合には、ギャップ構造に依存して、表面アンドレーエフ束縛状態の形成に対応したギャップ内コンダクタンピークが現れる。特にゼロエネルギーに表面アンドレーエフ束縛状態が形成される超伝導体においては、トンネルコンダクタンスにはゼロバイアス・コンダクタンスピークという特徴的な性質が現れ、非従来型超伝導性の証拠とされる。

 

【論文情報】

雑誌名:Nature Communications
論文タイトル:Evidence of unconventional superconductivity on the surface of the nodal semimetal CaAg1-x PdxP
著者:矢野力三、長坂翔太、松原直生、三枝一茂、反田剛、伊藤誠一郎
(名古屋大学大学院工学研究科)
山影相(名古屋大学大学院理学研究科)
岡本佳比古(東京大学物性研究所)
竹中康司、柏谷聡 (名古屋大学大学院工学研究科)
DOI: 10.1038/s41467-023-42535-5
URL: https://www.nature.com/articles/s41467-023-42535-5

 

【研究代表者】

大学院工学研究科 柏谷 聡 教授
https://www.surf.ap.pse.nagoya-u.ac.jp/