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医歯薬学

2023.11.09

神経難病に対する運動療法の作用メカニズムを解明 〜ポリグルタミン病に対する早期運動療法の開発へ向けて〜

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院医学系研究科 神経内科学講座の勝野雅央 教授、佐橋健太郎 准教授、中辻秀朗 研究員(筆頭著者)、蛭薙智紀 医員(筆頭著者)らの研究グループは、球脊髄性筋萎縮症を対象とした基礎研究において、早期の運動療法が、異常蛋白質の蓄積を抑えることで運動ニューロン※2や筋肉の変性※3を緩和し、マウスモデルの症状を改善することを明らかとしました。
一般に神経変性疾患※4や筋疾患では、適切な運動療法は有効とされていますが、いつ、どのような強さの運動を行うのが効果的かは明らかとなっていません。また、多くの神経変性疾患や筋疾患では、異常な蛋白質が神経細胞や筋細胞に蓄積することで神経系や筋肉が障害されることが明らかとなっていますが、運動療法がこれらの異常蛋白質の蓄積に与える影響は十分検討されていませんでした。
今回、勝野教授らの研究グループは、ポリグルタミン病※5の一つである球脊髄性筋萎縮症の疾患モデルマウスを用いて、発症前〜発症早期における運動療法の効果を検証しました。その結果、早期に低負荷の運動を一定期間行ったところ、運動を行なっていないマウスと比較し、運動ニューロンや骨格筋※6における異常ポリグルタミン蛋白質の蓄積が抑えられ、神経筋変性が緩和され、マウスの生存期間や運動機能が改善することが明らかとなりました。また早期の運動療法がマウス骨格筋の AMPK シグナル※7を活性化すること、および筋肉由来の培養細胞に薬剤を用いて AMPK シグナルを活性化した場合にも、運動と同様に異常ポリグルタミン蛋白質の蓄積が抑制されることが確認されました。
本研究の結果から、早期の運動療法による骨格筋 AMPK シグナルの活性化が、異常な蛋白質の蓄積を原因とする神経筋疾患に有効である可能性が示されました。本研究成果は国際科学雑誌「Journal of Cachexia, Sarcopenia and Muscle」(2023 年 11 月 8 日付オンライン版)に掲載されました。

 

【ポイント】

・一般に神経疾患や筋疾患では運動療法が有効であると考えられていますが、いつ、どのような強さの運動を行うのが効果的かは十分明らかとなっていません。
・遺伝性の神経難病である球脊髄性筋萎縮症※1のモデルマウスにおいて、早期に低負荷の運動を一定期間行ったところ、疾患の原因となる異常な蛋白質 (ポリグルタミン蛋白質) が減少し、神経筋変性が緩和されました。
・運動による異常な蛋白質の減少は、骨格筋の AMPK シグナルと呼ばれるシグナル経路の活性化と関連していることが明らかとなりました。
・早期の運動療法による骨格筋 AMPK シグナルの活性化が、異常蛋白質の蓄積を原因とする神経筋疾患の治療につながることが期待されます。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

※1 球脊髄性筋萎縮症:ポリグルタミン蛋白の毒性を原因とした遺伝性神経変性疾患の総称。球脊髄性筋萎縮症(SBMA)、ハンチントン病、脊髄小脳変性症などの 9 疾患が含まれ、日本国内だけで 1 万人以上の患者がいると推定されている。
※2 運動ニューロン:運動を司る神経細胞のこと。主に脊髄の前角と呼ばれる部位に存在する。
※3 変性:病気によって細胞が衰えていくこと。
※4 神経変性疾患:神経細胞が進行性に変性する(死滅する)疾患の総称。神経変性疾患に共通する特徴として、神経細胞の中や周囲に異常な蛋白質が蓄積し、それによって特定の種類の神経細胞が障害されることが知られている。
※5 ポリグルタミン病:ポリグルタミン蛋白質の毒性を原因とした遺伝性神経変性疾患の総称。球脊髄性筋萎縮症(SBMA)、ハンチントン病、脊髄小脳変性症などの 9 疾患が含まれ、日本国内だけで 1 万人以上の患者がいると推定されている。
※6 骨格筋:手足や顔などを動かす筋肉のこと。
※7 AMPK シグナル:筋肉のエネルギー代謝を調節する代表的な経路の一つ。シグナルとは経路が促進または抑制される合図を指す。

 

【論文情報】

雑誌名:Journal of Cachexia, Sarcopenia and Muscle
論文タイトル:Exercise attenuates polyglutamine-mediated neuromuscular degeneration in a mouse model of spinal and bulbar muscular atrophy
著者名・所属名:
Tomoki Hirunagi 1†, Hideaki Nakatsuji 1†, Kentaro Sahashi 1, Mikiyasu Yamamoto 1, Madoka Iida 1, Genki Tohnai 1,2, Naohide Kondo 1, Shinichiro Yamada 1, Ayuka Murakami 1, Seiya Noda 1,3, Hiroaki Adachi 4, Gen Sobue 2,5, and Masahisa Katsuno 1,6

 

1. Department of Neurology, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, 466-8550 Japan
2. Aichi Medical University, Nagakute, 480-1195 Japan.
3. Department of Neurology, National Hospital Organization Suzuka Hospital, Suzuka, 513-8501, Japan
4. Department of Neurology, University of Occupational and Environmental Health, School of Medicine, Kitakyushu, 807-8555
Japan
5. Research Division of Dementia and Neurodegenerative Disease, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, 466-8550 Japan
6. Department of Clinical Research Education, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, 466-8550 Japan
†These authors contributed equally to this work.

 

DOI: 10.1002/jcsm.13344

 

English ver.
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_E/research/pdf/Jou_231108en.pdf

 

【研究代表者】

大学院医学系研究科 勝野 雅央 教授

https://www.med.nagoya-u.ac.jp/neurology/

 

【関連情報】

インタビュー記事「神経の病気「球脊髄性筋萎縮症(SBMA)」に、運動はよいか?」(名大研究フロントライン)