TOP   >   化学   >   記事詳細

化学

2023.11.08

基質包接型キラル大環状ジリチウム(I)塩触媒の開発 ~高付加価値化合物の迅速合成で医薬品探索研究を切り拓く~

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院工学研究科の石原 一彰 教授、波多野 学 准教授(研究当時、現:神戸薬科大学教授)、山下 賢二 博士後期課程学生(研究当時、現:静岡県立大学助教)、多畑 勇志 博士前期課程学生、山川 勝也 博士後期課程学生(研究当時)、望月 拓哉 博士後期課程学生(研究当時)、松井 開 博士後期課程学生らの研究グループは、リチウムアセチリドのケトンへのエナンチオ選択的付加反応に有効なキラル大環状ジリチウム(I)塩触媒の開発に成功しました
この触媒の最大の特徴である大環状骨格は、酵素に匹敵する基質包接効果を発現し、ジリチウム塩触媒やリチウム反応剤の会合による反応性低下を抑制しました。その結果、環のサイズに適合したケトンを選択的に活性化し、反応性の低いケトンへの不斉アルキニル付加反応を制御することで、従来の合成法では得難い光学活性第三級プロパルギルアルコールを5~30分以内に合成しました。得られた光学活性第三級プロパルギルアルコールは、光学活性四置換アレンや光学活複素環などの多様な化学変換が可能です。例として、尿失禁・頻尿治療剤であるオキシブチニンのグラムスケールでの形式的全合成を達成しました。本合成技術により、付加価値の高い複雑な骨格を持つキラル医薬品探索研究の推進が期待されます。
本研究成果は、2023年11月4日付アメリカ化学会誌「Journal of the American Chemical Society」のオンライン版に掲載されました。

 

【ポイント】

・金属元素の中で最も原子番号の小さいリチウムの特性を活かしたキラル注1)大環状注2)ジリチウム(I)塩触媒を開発した。
・本触媒の大環状骨格が基質と反応剤を包接することで、反応性の低いケトンへの不斉注3)アルキニル付加反応注4)がわずか5~30分以内で完結した。
・本触媒は酵素に匹敵するほど高度に化合物を識別し、複数の化合物の存在下でも、触媒ポケットのサイズに適合する(包接する)化合物を選択的に反応させることができた。
・頻尿治療剤オキシブチニン注5)のグラム規模での形式的全合成注6)を達成した。
・得られる光学活性第三級注7)プロパルギルアルコール注8)は、四置換アレン注9)や複素環などの多様な化学変換が可能であり、医薬品探索研究の推進が期待できる。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

注1)キラル:
鏡像と重ね合わすことができない関係。
注2)大環状:
原子が大きな環を形成している化合物の総称で、一般には12員環以上のものをいう。
注3)不斉:
分子などが立体構造に対称性を欠く現象。
注4)アルキニル付加反応:
アルキニル基(-C≡CR)を付加する反応。
注5)オキシブチニン:
オキシブチニン(Oxybutynin)は、ジトロパン(Ditropan)などの商品名で販売されている過活動膀胱の治療に用いられる医薬品。
注6)形式的全合成:
今回のように、標的化合物の全合成を最後まで独創的な方法で達成したのではなく、既知化合物の合成までを達成し、既知化合物から標的化合物までの合成は文献に従い全合成できることを示す場合、これを形式的全合成と呼ぶ。今回、文献「Masumoto, S.; Suzuki, M.; Kanai, M.; Shibasaki, M. A practical synthesis of (S)-oxybutynin. Tetrahedron Lett. 2002, 43, 8647-8651」に従い、形式全合成を達成した。

注7)第三級:
ヒドロキシ基(-OH)が結合した炭素に付いている炭素の数が3であるアルコールの級数といい、3個の場合は第三級アルコールという。
注8)プロパルギルアルコール:
アルキンを含む最も単純なアルコールである2-プロピン-1-オールとその誘導体。
注9)アレン:
隣接する2つの炭素原子の両方と二重結合する炭素原子を含む、R1R2C=C=CR3R4で表わされる化合物。

 

【論文情報】

雑誌名:米国化学会誌(Journal of the American Chemical Society)
論文タイトル:Chiral Macrocyclic Catalysts for the Enantioselective Addition of Lithium Acetylides to Ketones
著者:山下 賢二(当時、名大院生、現、静岡県大助教)、多畑 勇志(当時、名大院生)、山川 勝也(当時、名大院生)、望月 拓哉(当時、名大院生)、松井 開(名大院生)、波多野 学(当時、名大准教授、現、神戸薬大教授)、石原 一彰(名大教授)
DOI: 10.1021/jacs.3c08905
URL: https://pubs.acs.org/doi/10.1021/jacs.3c08905

 

【研究代表者】

大学院工学研究科 石原 一彰 教授
https://www.ishihara-lab.net/

 

【関連情報】

インタビュー記事「触媒の匠、新作は薬の原料をつかむ“投げ縄”!」(名大研究フロントライン)