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医歯薬学

2024.01.30

遺伝的個体差が脳内免疫担当細胞の細胞集団構成や筋萎縮性側索硬化症(ALS)の病態進行に影響を与える ~神経変性疾患における脳内免疫反応性に個人差がある可能性~

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学 環境医学研究所 病態神経科学分野の小峯 起 講師(筆頭著者)、山中 宏二 教授らの研究グループは、発生・遺伝分野 荻 朋男 教授、および大学院医学系研究科 微生物・免疫学 日野原 邦彦 特任准教授らと共同して、筋萎縮性側索硬化症(ALS)モデルマウスにおいて、遺伝的個体差に由来する全身の免疫環境などの違いが脳内免疫担当細胞であるミクログリアの細胞集団構成や神経保護性の疾患関連ミクログリア(Disease-associated Microglia:以下 DAM)の出現誘導に影響を与えることにより、病態進行を変化させることを新たに発見しました。
ALS は、運動を司る運動神経細胞の変性と細胞死による脱落によって全身の筋力が低下することにより、発症から 2〜5 年で死亡する最も重篤な神経変性疾患の一つです。近年のシングルセル遺伝子発現解析(※2)の発展により、ミクログリアは、均一な集団ではなく、様々な特徴を持つ集団から構成される不均一な集団であり、脳の発達期や成熟期から老年期だけでなく、ALS においてもその構成が大きく変化することが示唆されておりました。しかし、遺伝的個体差がこれらのミクログリアの細胞集団構成や ALS 病態に与える影響については、明らかになっていませんでした。
本研究グループは、遺伝的に異なる実験マウス系統である C57BL/6 系統と BALB/c 系統では、ミクログリアの細胞集団構成が異なることを発見しました。そこで、ALS モデルマウスの系統を C57BL/6 系統(ALS(B6))から BALB/c 系統(ALS(Balb))に変化させたところ、ALS(Balb)では、ミクログリアの細胞数の減少や神経栄養因子を産生する DAM の出現誘導が減弱し、ALS(B6)に比べ ALS 病態の進行が加速することを発見しました。さらに、遺伝的個体差に由来する全身の免疫環境などが脳内のミクログリアの細胞集団構成に影響を与えている可能性を示唆するデータが得られました。
本研究により、遺伝的個体差に由来する全身の免疫環境などの違いが脳内のミクログリアの細胞集団構成や神経保護性の DAM の出現誘導に影響を与え、ALS の病態進行を変化させることが明らかになりました。このことは、ミクログリアの細胞集団構成やその神経保護性に個人差があり、ALS などの神経変性疾患の罹病期間における感受性などが異なる可能性を示唆しています。また、これらは全身の免疫環境などの環境要因にも影響を受ける可能性が示唆されます。ミクログリアの細胞集団構成や神経保護性の DAM の出現誘導に関与する免疫環境因子などに着目することで、新規バイオマーカーの同定や個別化医療の創出にもつながることが期待されます。
本研究成果は、2024年1月 11 日付で米国科学雑誌「iScience 」に掲載されました。

 

【ポイント】

・遺伝背景の異なる実験マウス系統である C57BL/6 系統と BALB/c 系統では、脳内免疫担当細胞であるミクログリアの細胞集団構成が異なることを発見。
・ALS モデルマウスの系統を C57BL/6 系統(ALS(B6))から BALB/c 系統(ALS(Balb))に変化させるとミクログリアの細胞数の減少や神経保護性の疾患関連ミクログリア(DAM)(※1)の出現誘導が減弱し、ALS 病態の進行が加速することを発見。
・遺伝的個体差に由来する全身の免疫環境などの違いが脳内のミクログリアの細胞集団構成に影響を与えている可能性を示唆。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

※1) 疾患関連ミクログリア(Disease-associated microglia: DAM): アルツハイマー病モデルマウスにおいて、2017 年に Keren-Shaul らによって同定された神経変性疾患に共通するミクログリアの新たな表現型であり、その機能について注目されている。ALS モデルマウスにおいても存在が確認されている。
※2) シングルセル遺伝子発現解析:様々な種類が混在している組織などから細胞を分散し、1 細胞ごとに転写産物の種類と量を網羅的に測定して解析を行う。構成細胞種の種類やそれぞれの細胞種の性質やその変化などを検出、比較できる。

 

【論文情報】

雑誌名:iScience
論文タイトル:Genetic background variation impacts microglial heterogeneity and disease progression in amyotrophic lateral sclerosis model mice
著者名・所属名:
Okiru Komine1, 2, *, Syuhei Ohnuma1, 2, Kunihiko Hinohara3, 4, 5, Yuichiro Hara6, 7, Mayuko Shimada6, 7, Tomohiro Akashi5, 8, Seiji Watanabe1, 2, Akira Sobue1, 2, 9, Noe Kawade1, 2, Tomoo Ogi6, 7, 10, 11, Koji Yamanaka1, 2, 10, 11, *

 

1 Department of Neuroscience and Pathobiology, Research Institute of Environmental Medicine, Nagoya University, Nagoya, Aichi, JAPAN
2 Department of Neuroscience and Pathobiology, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya University, Nagoya, Aichi, JAPAN
3 Department of Immunology, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Aichi, JAPAN
4 Institute for Advanced Research, Nagoya University, Nagoya, Aichi, JAPAN
5 Center for 5D Cell Dynamics, Nagoya University, Nagoya, Aichi, JAPAN
6 Department of Genetics, Research Institute of Environmental Medicine, Nagoya University, Nagoya, Aichi, JAPAN
7 Department of Human Genetics and Molecular Biology, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Aichi, JAPAN
8 Center for Neurological Disease and Cancer, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Aichi, JAPAN
9 Medical Interactive Research and Academia Industry Collaboration Center, Research Institute of Environmental Medicine, Nagoya University, Aichi, JAPAN
10 Institute for Glyco-core Research (iGCORE), Nagoya University, Aichi, JAPAN
11 Center for One Medicine Innovative Translational Research (COMIT), Nagoya University, Aichi, JAPAN
* Corresponding Authors

 

DOI: 10.1016/j.isci.2024.108872

 

English ver.
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_E/research/pdf/iSc_240130en.pdf

 

【研究代表者】

環境医学研究所 山中 宏二 教授
http://www.riem.nagoya-u.ac.jp/4/mnd/index.html