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複合領域

2024.01.12

引張り力で体中の蛍光色が変わるマウスの作出に成功 ~組織から細胞まで内部張力の可視化を簡便に~

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院工学研究科の松本 健郎 教授、王 軍鋒 研究員、前田 英次郎 准教授らの研究グループは、東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所の北口 哲也 准教授、理化学研究所 光量子工学研究センターの横田 秀夫 チームリーダーらと共同で、体中の組織の蛍光色が引張りに応じて変化するマウスの系統を新たに作製しました
筋肉を鍛えると太く逞しくなるように、生物の組織、細胞、タンパク質は外界からの力から大きな影響を受けます。このような、力が生物に及ぼす影響を調べる分野をメカノバイオロジーと呼びますが、その発展には細胞やタンパク質に加わる力を安定的に可視化する方法が非常に重要です。そのために、従来「FRET型張力センサ」と呼ばれる、引張りによって蛍光色が変化するタンパク質を利用する方法が用いられてきました。しかし、このセンサの遺伝子を組み込んだマウスは、応答が十分でないために、観察には1億円近くする高価な顕微鏡(FILM)注5)で精密に測定する必要がありました。
今回私たちは「FRET型張力センサ」の応答を改良し、その遺伝子を持つ遺伝子改変マウスの作出に成功しました。このマウスでは研究現場に広く普及している「共焦点顕微鏡」で張力変化を観察できることを、血管、腱、筋肉、それらから単離した細胞で確認しました。また、組織や細胞によって張力に対する感度が違うことを発見し、その原因は組織や細胞の微細構造の差や、組織ごとの機能の差によって生じる可能性があると結論づけました。
本研究で開発したマウスを使うことで、様々な組織や細胞内の張力変化に加え、発生、成長、老化の過程における応答の変化も簡便に調べられるため、幅広いメカノバイオロジー分野への貢献が期待されます
本研究成果は、2023年12月20日付英科学雑誌『Scientific Reports』に掲載されました。

 

【ポイント】

・ 蛍光注1)タンパク質注2)同士の距離によって蛍光波長が変化する現象を利用した、引張りを感知できるタンパク質センサの応答を改良した。
・ このセンサの遺伝子を組み込み、からだ中の組織、細胞が引張りに応じて色が変わるような遺伝子改変マウスを作製した。
・ これまで作製された同様のマウスの観察には高額な顕微鏡が必要だったが、今回のマウスは一般の研究室に普及する「共焦点顕微鏡」注3)で観察することが可能である。
・ 生体内の細胞レベルの力分布計測注4)のツールとして、メカノバイオロジー分野への大きな貢献が期待できる。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

注1)蛍光:
物質にある波長の光を照射(励起光と呼びます)したときに、同じ波長の光が出るのは「反射」や「散乱」ですが、照射光よりも長い波長の光が出るとき、この光を「蛍光」と呼びます。蛍光は励起光により原子核の周りを回る電子の軌道がエネルギー準位の高い軌道に変化し、その軌道が元に戻る時に発生します。この際、出てくるエネルギーは当然、入射エネルギーよりも小さくなります。光のエネルギーは波長に反比例しますので、励起光の波長に比べて長い波長の光が出ることになります。
注2)蛍光タンパク質:
蛍光を発するタンパク質のこと。名古屋大学で博士号を取得され2008年にノーベル化学賞を受賞された下村脩先生がオワンクラゲから1962年に精製し、報告した緑色蛍光タンパク(GFP)を嚆矢とし、それ以後、遺伝子組換技術などにより、赤色、黄色、青色などの蛍光タンパク質が続々と報告されています。例えば、調べたいタンパク質Aに蛍光タンパク質を組み込むことで、Aが蛍光で標識され、体内でのAの動きを知ることができるようになります。
注3)共焦点顕微鏡:
共焦点レーザー走査型顕微鏡(CLSM)とも呼ばれ、対象物に細く絞ったレーザー光を照射し、帰ってくる光をピンホールを通して受光することにより、ピントの合う深さ範囲を狭くした顕微鏡です。レーザー光を走査して画像を生成しますが、普通の顕微鏡と比べて高コントラストで、ピントの合う範囲が狭いことから、非常に薄い断層像を得ることができます。この断層像を重ねることで、細胞などの3次元構造を知ることができます。
注4)力分布計測:
生体組織は豆腐や羊羹のように一様な物体ではありません。コラーゲンやエラスチンといった丈夫な線維状タンパク質が絡み合い、その隙間に柔らかい細胞が挟まったような構造をしています。その線維の中にはピンと張っているものもあれば、弛んでいるものもあります。また、細胞は細胞膜で覆われた袋ですが、その内部はゲル状の細胞質で満たされた中に、やはりSFなどの細胞骨格と呼ばれる硬い線維性タンパク質が走っています。これらの線維の中には細胞核や細胞膜などを繋いでいるものもあれば、内側から細胞膜を押して、形を保っているものもあります。このため、生体組織に巨視的な変形を加えると、内部に引張力や圧縮力が発生しますが、その大きさは線維状タンパク質と細胞では大きく異なり、同じ繊維状タンパク質でも最初からピンと張っているものと弛んでいるものでは違います。また、細胞内部でも同様に細胞骨格の種類によって力分布は全く異なります。このように、組織や細胞は不均質で、しかも3次元的に複雑な構造をしているために、内部の力分布は計算機シミュレーションなどで簡単に求めることはできません。このため、巨視的に加えた力が組織・細胞内部で微視的にどのように分布しているのか、力分布を計測する必要があります。
注5)FILM:
Fluorescence Lifetime Imaging Microscopy (蛍光寿命顕微法)のこと。蛍光寿命とは、蛍光を発する物質にパルス状に励起光を照射したときに、蛍光を発して基底状態に戻るまでの時間のことです。この蛍光寿命を観測し、試料を画像化する手法です。

 

【論文情報】

雑誌名:Scientific Reports
論文タイトル:In situ FRET measurement of cellular tension using conventional confocal laser microscopy in newly established reporter mice expressing actinin tension sensor
著者:Junfeng Wang, Eijiro Maeda, Yuki Tsujimura, Takaya Abe, Hiroshi Kiyonari, Tetsuya Kitaguchi, Hideo Yokota, Takeo Matsumoto ※本学関係者に下線
DOI: https://doi.org/10.1038/s41598-023-50142-z 

 

【研究代表者】

大学院工学研究科 松本 健郎 教授
http://bio.mech.nagoya-u.ac.jp/