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医歯薬学

2024.01.29

「お酒に弱いはずなのに飲んでしまうのはなぜ?」 日本人の飲酒行動を決定づける遺伝的構造の解明と食道がんリスクとの関連

これまでの研究で、人がどれだけお酒を飲むか(飲酒習慣や量)は遺伝によっても影響を受けることが分かっています。お酒を飲んだとき、アルコールは主にアルコール脱水素酵素によりアセトアルデヒド(1)に分解され、アセトアルデヒドはさらにアルデヒド脱水素酵素(aldehyde dehydrogenase; ALDH)、特にALDH2により無害な酢酸に分解されます。ALDH2の遺伝子(ALDH2 )には、アセトアルデヒドの分解能力に差をもたらす遺伝的な違いがあり、この遺伝的な違いによって日本人は3つのグループに分けることができます。アセトアルデヒドの分解能力が低い場合、お酒を飲むとアセトアルデヒドが体内にたまり顔が赤くなるフラッシング反応(2)が起きるため、このALDH2 の遺伝的な違いはお酒に強い人、弱い人、全く飲めない人の違いをもたらす主な要因ともなっています。
愛知県がんセンターがん予防研究分野の松尾恵太郎分野長、小栁友理子主任研究員、名古屋大学大学院医学系研究科実社会情報健康医療学の中杤昌弘准教授らの共同研究グループは、日本分子疫学コンソーシアム(J-CGE)(3)、ながはまコホート(4)およびバイオバンク・ジャパン(5)で収集された日本人集団約17万6千人を対象に、ALDH2 の遺伝的な違いとの組み合わせによって飲酒行動に影響を与える、別の遺伝的要因を探索するゲノム解析を行いました。その結果、7つの遺伝子領域にみられた遺伝的要因が、ALDH2 の遺伝的な違いと組み合わさることで飲酒行動に影響を与えることをつきとめました。つまり、ALDH2 の遺伝的な違いではお酒に弱いタイプのひとでも、別の遺伝的要因との組み合わせによってはよりたくさんお酒を飲んでしまうということです。
さらに、本研究で同定された遺伝子領域の遺伝的要因の中には、ALDH2 の遺伝的な違いとの組み合わせにより代表的な飲酒関連がんである食道がんのリスクをより高める要因が存在することがわかりました。これらの研究結果は、日本人の遺伝的背景に基づいた個別化予防のさらなる促進につながることが期待されます。
本研究成果は、アメリカ科学振興協会(AAAS)のオンライン科学雑誌『Science Advances 』(2024年1月26日付:日本時間1月27日)に掲載されました。

 

【ポイント】

● お酒に強いか弱いかを決定する主な要因としてお酒の分解に関わる酵素ALDH2の遺伝子(ALDH2 )の遺伝的な違いがある。
● 日本人約17万6千人を対象にしたゲノム解析により、その違いとの組み合わせによって飲酒行動に影響を与える別の7つの遺伝的要因を同定し、お酒に弱いにもかかわらず飲酒量が多い人に特徴的な遺伝的構造を明らかにした。
● 今回同定された遺伝的要因には、食道がんに対しても、ALDH2 の遺伝的な違いと組み合わさることにより、より高いリスクを示すものが存在し、食道がんの個別化予防に役立つことが期待される。

 
◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 
【用語説明】

(1) アセトアルデヒド
アルコールの最初の代謝産物。飲酒したあとのフラッシング反応(顔が赤くなる、頭痛、動悸、吐き気など)を引き起こすだけでなく、ヒトへの発がん性が示唆されている。ヒトの体内では主にALDH2酵素により酢酸へと代謝され無毒化される。

 

(2) フラッシング反応
少量の飲酒で、顔が赤くなる、頭痛、動悸、吐き気などが起こること。アセトアルデヒドが蓄積されることが主な原因となって起こる。

 

(3) 日本分子疫学コンソーシアム(J-CGE)
J-CGE はJapanese Consortium of Genetic Epidemiology studiesの略。日本の分子疫学研究を統合し、遺伝情報を利用して疫学研究を行うコンソーシアム。本研究にはJ-CGEとして以下4つの分子疫学研究が含まれている。

 

多目的コホート研究(JPHC Study)
国立がん研究センターを中心に、1990年より実施されているコホート研究。日本各地の約14万人を対象に、生活習慣や生活環境と疾病の発症について追跡を行っている。

 

愛知県がんセンター病院疫学研究(HERPACC)
愛知県がんセンターにおいて1988年より実施されている病院疫学研究。初診患者を対象に生活習慣に関するアンケート調査と、臨床情報及び血液サンプルの収集を行っている。

日本多施設共同コーホート研究(J-MICC Study)
2005年より日本全国の複数の研究機関が協力して実施しているコホート研究。10万人以上の日本人集団を対象に、血液サンプルの収集、生活習慣及びがんやその他の生活習慣病の発症について追跡を行っている。

 

東北メディカル・メガバンク計画(TMM)
東北大学東北メディカル・メガバンク機構と岩手医科大学いわて東北メディカル・メガバンク機構が2013年より実施しているプロジェクト。東北地方の約15 万人を対象にコホート研究を実施し、生体試料や生活習慣及び健康情報を収集したバイオバンクを構築している。

 

(4) ながはまコホート
2007年より滋賀県長浜市で実施されているゲノム・コホート研究。地域住民を対象に、遺伝情報の登録、健康診断やアンケート調査による健康状態や生活習慣の追跡を行っている。

 

(5) バイオバンク・ジャパン
日本における大規模なバイオバンク(生体試料バイオバンク)プロジェクト。日本国内の複数の病院や医療機関と連携し、2003年から2018年までの間に日本人集団27万人分のゲノムDNAや血清サンプル及び臨床情報などが収集された。

 

【論文情報】

【タイトル】 
Genetic architecture of alcohol consumption identified by a genotype-stratified GWAS, and impact on esophageal cancer risk in Japanese people

 

【著者】
Yuriko N. Koyanagi†*, Masahiro Nakatochi†*, Shinichi Namba, Isao Oze, Hadrien Charvat, Akira Narita, Takahisa Kawaguchi, Hiroaki Ikezaki, Asahi Hishida, Megumi Hara, Toshiro Takezaki, Teruhide Koyama, Yohko Nakamura, Sadao Suzuki, Sakurako Katsuura-Kamano, Kiyonori Kuriki, Yasuyuki Nakamura, Kenji Takeuchi, Atsushi Hozawa, Kengo Kinoshita, Yoichi Sutoh, Kozo Tanno, Atsushi Shimizu, Hidemi Ito, Yumiko Kasugai, Yukino Kawakatsu, Yukari Taniyama, Masahiro Tajika, Yasuhiro Shimizu, Etsuji Suzuki, Yasuyuki Hosono, Issei Imoto, Yasuharu Tabara, Meiko Takahashi, Kazuya Setoh, The BioBank Japan Project, Koichi Matsuda, Shiori Nakano, Atsushi Goto, Ryoko Katagiri, Taiki Yamaji, Norie Sawada, Shoichiro Tsugane, Kenji Wakai, Masayuki Yamamoto, Makoto Sasaki, Fumihiko Matsuda, Yukinori Okada, Motoki Iwasaki, Paul Brennan, Keitaro Matsuo*
(†第一著者、*責任著者)

 

【掲載誌】
Science Advances

 

【研究代表者】

大学院医学系研究科総合保健学専攻 中杤 昌弘 准教授
https://www.pubhealthinfo.com/