宇宙の創成直後に、非常に高い真空のエネルギーにより宇宙が急激な加速膨張していた時期(インフレーション)を経てビッグバンが起こったと考えられています。この理論は、宇宙の観測を通じて原始宇宙の密度の濃淡(原始密度揺らぎ)を調べる研究によって検証されてきました。しかし、具体的に何が急激な加速膨張を引き起こした駆動源だったのかその全体像はまだ分かっていません。加速膨張宇宙を説明する多くの理論(インフレーション模型)が提案されており、各模型の理論的な予言と最新の観測を比較することによってどの模型が正しいか検証することができます。
インフレーション期間中には原始密度揺らぎと同様に量子効果を通じて原始重力波と呼ばれる時空のさざ波が作られます。原始重力波にはインフレーションを引き起こした真空のエネルギーの大きさなどその模型に関する重要な情報が刻まれていると考えられています。しかし原始重力波を模型ごとに見積もる理論計算は一般にとても複雑で、インフレーション模型を特定する障壁となっていました。特に非線形効果と呼ばれる微小な効果が異なる模型を区別する上で重要となりますが、原始重力波の非線形効果を計算するには多くの場合コンピュータを使った計算が必要なため、原始重力波の理論研究は一部の簡単な模型に限定されていました。
原始重力波に比べ理論研究が進んでいる原始密度揺らぎについては、非一様な宇宙の空間分布をモザイクアートのように粗視化して捉え直す分割宇宙アプローチという簡単な計算方法が1990年代に確立され、幅広く用いられています。この方法では、時間と空間に依存した宇宙の進化を時間だけに依存した発展方程式を使って記述することで、計算が飛躍的に簡単になります。一方で重力波については分割宇宙アプローチを用いた計算手法がわかっていませんでした。今回の研究では、密度揺らぎの簡単な計算方法の確立以降四半世紀以上に渡って閉ざされていた扉を開け、分割宇宙アプローチを使った原始重力波の計算手法を初めて確立し、複雑な数値計算によらずに幅広いインフレーション模型を調べることを可能にしました。分割宇宙アプローチは宇宙の進化を直観的に理解する際にも役立つため、原始重力波の時間進化の過程についての理解を深化できると期待されます。
原始重力波は宇宙背景放射と呼ばれる宇宙のあらゆる方向から飛来する光の偏光を調べることで検出でき、その重要性から多くの観測計画が提案されています。今回開発された分割宇宙アプローチを使うことで、これまで解析が難しかった模型も含めて多様な宇宙模型で予言される原始重力波を計算できるようになるため、重力波検出を通じた創成直後の宇宙の全体像を明らかにし、ひいては加速器実験では検証できない超高エネルギーの世界の物理法則の解明に繋がると期待されます。
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題目:Statistical anisotropy of primordial gravitational waves from generalized 𝛿𝑁 formalism
著者:田中貴浩、浦川優子
掲載雑誌: Physical Review Letters
https://journals.aps.org/prl/accepted/40074Y5fX0717e8843896887ae36d161c44066b3d