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医歯薬学

2024.10.30

双極症と有意に関わる遺伝子RNF216をゲノム解析で同定 ~ゲノム上のコピー数の変化による病態メカニズム解明に期待~

名古屋大学大学院医学系研究科の中杤 昌弘 准教授、名古屋大学医学部附属病院 ゲノム医療センターの久島 周 病院講師、名古屋大学大学院医学系研究科の尾崎 紀夫 特任教授らの研究グループは、国内多施設共同研究により、シナプス関連遺伝子に注目した症例対照研究を実施し、RNF216 遺伝子の領域にある稀なコピー数バリアントが双極症とかかわることを新たに発見しました。この領域は、別の精神疾患である7p22.1微小重複症候群の原因と考えられる領域とも一部重複していました。さらに遺伝子セット解析を行い、シナプス後膜の不可欠な構成要素にかかわる遺伝子群がBDとかかわることも発見しました。これらの結果から、双極症の発症メカニズムの解明の一助になることが期待されます。
本研究成果は、2024年10月15日付国際科学雑誌『Psychiatry and Clinical Neurosciences』に掲載されました。

 

【ポイント】

・双極症(BD)注1)は、躁/軽躁状態とうつ状態の間で気分変動が変動することを特徴とする、人口の約1%が罹患する頻度の高い精神疾患である。
・本研究では、日本人を対象にBD患者群と対照群に対して、シナプス遺伝子のエクソン領域およびエクソン外領域を含む、頻度の稀な病的コピー数バリアント注2)(CNV)データを取得し、シナプス関連遺伝子を網羅的に探索した。
・探索の結果、BDと有意に関連するRNF216 注3)遺伝子を同定した。この遺伝子中のCNVが存在する領域は7p22.1微小重複症候群注4)において原因と考えられている領域 (minimal critical region)と一部重なっていた。
・さらに遺伝子セット解析注5)を行い、シナプス後膜の不可欠な構成要素にかかわる遺伝子群がBDとかかわることも発見した。
・本成果を含むゲノム解析の結果を活用することで、BDの病態解明やBDの個別化医療の実現に寄与することが期待される。将来的には、早期のリスク評価と予防的介入により、患者のQOL向上につながる可能性がある。

 
◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 
【用語説明】

注1)双極症:
うつ状態と躁状態を繰り返す精神疾患(かつて躁うつ病、双極性障害と呼ばれていた)。人口の1%前後が罹患し、頻度が高い。うつ状態のときには気分の落ち込みに加え、意欲・興味の喪失、思考力低下、気力減退等がみられる。躁状態のときには気分の高揚に加え、活動性の上昇、自信の増大、短時間の睡眠でも平気、思考の活発化、注意の散漫等がみられる。発症には、遺伝的影響が強いことが知られ、そのメカニズムの解明には遺伝学的解析が有用と期待される。
注2)コピー数バリアント(Genomic Copy Number Variation: CNV):
染色体上の特定のゲノム領域のコピー数が、通常 2 コピーのところ、1 コピー以下(欠失)あるいは 3 コピー以上(重複)になる変化を指す。CNV は、その領域に含まれる遺伝子の発現を変化させ、ヒトの様々な疾患の発症に関与する。その代表例が統合失調症や自閉スペクトラム症等の精神疾患である。
注3)RNF216
E3ユビキチンリガーゼをコードしている遺伝子。RNF216 は発生のあらゆる段階でヒトの様々な組織に発現している。RNF216 は広範に発現しているRBR E3リガーゼであり、RNF216 の機能喪失バリアントは、性腺機能低下症、小脳失調症、認知症を特徴とするゴードン・ホームズ症候群(GHS)やハンチントン様障害などの神経変性疾患と関連している。Rnf216 タンパク質はシナプス強度の調節因子であることも知られている。
注4)7p22.1微小重複症候群(7p22.1 microduplication syndrome):
7p22.1の特定の領域に存在する重複(注2を参照)が原因で発症する症候群。この症候群は、発達や言葉の遅れに加えて、大頭症、多頭症、耳の異常、骨格の異常などの頭蓋顔面異形を主な特徴とする。7p22.1のどの領域の重複が発症原因であるかは厳密に判明していないが、Ronzoniらによって、これまでの報告から原因と考えられる重複の最小限の領域(最小臨界領域, minimal critical region)が提案された(Ronzoni et al. Eur J Med Genet 2017)。
注5)遺伝子セット解析:
統計的な検出力を高めるための解析方法の一つで、遺伝子を何らかの共通項でセット化し、そのセット単位で解析を行う手法。通常、特定の生物学的パスウェイに関与する遺伝子群や、共通の機能を持つ遺伝子群を「遺伝子セット」として扱い、個別の遺伝子より、まとまったセット単位で解析を行うことで、特定の生物学的プロセスやパスウェイに関連したシグナルをより強力に検出できる点が特徴である。

 

【論文情報】

雑誌名:Psychiatry and Clinical Neurosciences
論文タイトル:Copy number variations in RNF216 and postsynaptic membrane-associated genes are associated with bipolar disorder: a case-control study in the Japanese population
著者:Masahiro Nakatochi*, Itaru Kushima*, Branko Aleksic, Hiroki Kimura, Hidekazu Kato, Toshiya Inada, Youta Torii, Nagahide Takahashi, Maeri Yamamoto, Kunihiro Iwamoto, Yoshihiro Nawa, Shuji Iritani, Nakao Iwata, Takeo Saito, Kohei Ninomiya, Tomo Okochi, Ryota Hashimoto, Hidenaga Yamamori, Yuka Yasuda, Michiko Fujimoto, Kenichiro Miura, Kazutaka Ohi, Toshiki Shioiri, Kiyoyuki Kitaichi, Masanari Itokawa, Makoto Arai, Mitsuhiro Miyashita, Kazuya Toriumi, Tsutomu Takahashi, Michio Suzuki, Takahiro A. Kato, Shigenobu Kanba, Hideki Horikawa, Kiyoto Kasai, Tempei Ikegame, Seiichiro Jinde, Tadafumi Kato, Chihiro Kakiuchi, Bun Yamagata, Shintaro Nio, Yasuto Kunii, Hirooki Yabe, Yasunobu Okamura, Shu Tadaka, Fumihiko Ueno, Taku Obara, Yasuyuki Yamamoto, Yuko Arioka, Daisuke Mori, Masashi Ikeda, Norio Ozaki
(*は責任著者、下線は名古屋大学関係者)

 

DOI: 10.1111/pcn.13752

 

【研究代表者】

大学院医学系研究科 中杤 昌弘 准教授医学部附属病院 久島 周 病院講師大学院医学系研究科 尾崎 紀夫 特任教授
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