名古屋大学 環境医学研究所 病態神経科学分野の堀内麻衣 研究員、渡邊征爾 講師(共同筆頭著者)、山中宏二 教授の研究グループは、発生・遺伝分野 荻朋男 教授らと共同して、筋萎縮性側索硬化症(ALS)の原因遺伝子産物である TAR DNA 結合タンパク質 43(TDP-43)(※1)がグリア細胞(※2)の一種であるオリゴデンドロサイト(※3)において過剰に発現すると、その機能異常を引き起こし、マウスの運動障害を惹起することを初めて発見しました。
ALS は、運動神経細胞の細胞死によって全身の筋肉が徐々に動かせなくなる神経難病です。TDP-43 は、ALS 患者の神経細胞やオリゴデンドロサイトで異常に凝集して、細胞に毒性を及ぼすと考えられています。これまで、TDP-43 の凝集が神経細胞に与える影響は多数報告されていましたが、オリゴデンドロサイトに関する研究は限られていました。本研究では、TDP-43 がどのようにオリゴデンドロサイトでの機能異常を引き起こし、ALS の発症や進行に関与するかを明らかにすることを目標として研究をすすめました。
まず本研究グループは遺伝性 ALS(※4)由来の変異を有する TDP-43 をオリゴデンドロサイトに過剰発現するモデルマウスを作成しました。作成したマウスは全身性の震えや歩行異常などの運動機能障害をきたしました。このマウスの脳や脊髄では髄鞘(※5)が減少するとともに、オリゴデンドロサイトの細胞死:アポトーシス(※6)が観察され、その細胞死が運動機能障害を引き起こしていることが示唆されました。
本研究により、TDP-43 の過剰発現が髄鞘を形成するオリゴデンドロサイトの機能異常を引き起こし、運動機能障害を惹起することが明らかとなりました。本研究で樹立したモデルマウスは ALS におけるオリゴデンドロサイトの機能異常を解析するうえで有用と考えられ、今後の研究の進展によって、オリゴデンドロサイトに着目した ALS の新たな治療法の開発につながることが期待されます。
本研究成果は、2024 年 11 月 27 日付で国際医学誌『Acta Neuropathologica Communications』に掲載されました。
・ALS 原因遺伝子産物である TAR-DNA 結合タンパク質 43(TDP-43)のオリゴデンドロサイトにおける過剰発現モデルマウスを樹立
・過剰量の TDP-43 がオリゴデンドロサイトの機能異常や細胞死を引き起こすことを発見
・TDP-43 の過剰発現に伴うオリゴデンドロサイトの機能異常がマウスの運動障害を引き起こすことを発見
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※1 TAR-DNA 結合タンパク質 43(TDP-43)
ほぼすべての細胞に発現する RNA 結合タンパク質。正常な細胞では細胞の核に局在し、RNA 代謝に関与している。ALS や認知症の一種である前頭側頭葉変性症においてTDP-43 が細胞質で異常な凝集体を形成する「TDP-43 病理」が報告されている。
※2 グリア細胞
神経系を構成する神経細胞以外の細胞の総称。中枢神経系(脳および脊髄)では、ミクログリア、アストロサイト、オリゴデンドロサイトなどが含まれる。その総数は神経細胞より遥かに多く、中枢神経系内の環境維持や神経細胞の支持に寄与している。
※3 オリゴデンドロサイト
中枢神経系(脳および脊髄)に存在するグリア細胞の一種。希突起膠細胞とも呼ばれる。髄鞘を形成して神経伝達を促進し、また神経細胞に栄養を供給する役割を担う。
※4 遺伝性 ALS
原因遺伝子の変異によって発症する遺伝性の ALS で、ALS 全体の約 10%を占める。TDP-43 をコードするTARDBP 遺伝子も ALS 原因遺伝子のひとつで、現在までに 50種類以上の変異が報告されている。
※5 髄鞘
神経細胞の軸索を巻いている脂質に富んだ膜構造。中枢神経系ではオリゴデンドロサイト、末梢神経系ではシュワン細胞により形成される。髄鞘があることにより神経伝達速度が上昇し(跳躍伝導)、運動機能の発揮に重要である。
※6 アポトーシス
能動的な細胞死の一種。分子機構により制御されており、異常化した細胞の増殖を防ぐなど、通常、個体を良好な状態に保つために行われるが、様々な疾患においてアポトーシス制御の異常が疾患の発症や進行に寄与することが判明している。
雑誌名:Acta Neuropathologica Communications
論文タイトル:ALS-linked mutant TDP-43 in oligodendrocytes induces oligodendrocyte damage and exacerbates motor dysfunction in mice
著者:
Mai Horiuchi1,2, Seiji Watanabe1,2, Okiru Komine1,2, Eiki Takahashi3, Kumi Kaneko4, Shigeyoshi Itohara5, Mayuko Shimada6,7, Tomoo Ogi6,7 and Koji Yamanaka1,2,8,9,10
1 Department of Neuroscience and Pathobiology, Research Institute of Environmental Medicine, Nagoya University, Chikusa-ku, Nagoya, Aichi, Japan.
2 Department of Neuroscience and Pathobiology, Graduate School of Medicine, Nagoya University, Nagoya, Aichi, Japan.
3 Department of Biomedicine, Graduate School of Medical Sciences, Kyushu University, Fukuoka, Japan.
4 Support Unit for Bio-Material Analysis, Research Resources Division, RIKEN Center for Brain Science, Saitama, Japan.
5 Laboratory of Behavioral Genetics, RIKEN Center for Brain Science, Saitama, Japan.
6 Department of Genetics, Research Institute of Environmental Medicine, Nagoya University, Aichi, Japan.
7 Department of Human Genetics and Molecular Biology, Nagoya University Graduate School of Medicine, Aichi, Japan.
8 Institute for Glyco-core Research (iGCORE), Nagoya University, Aichi, Japan
9 Center for One Medicine Innovative Translational Research (COMIT), Nagoya University, Aichi, Japan
10 Research Institute for Quantum and Chemical Innovation, Institutes of Innovation for Future Society, Nagoya University, Aichi, Japan
DOI: 10.1186/s40478-024-01893-x
English ver.
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_E/research/pdf/Act_241211en.pdf
環境医学研究所/大学院医学系研究科 山中 宏二 教授
https://www.riem.nagoya-u.ac.jp/4/mnd/