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生物学

2024.12.04

糖転移酵素GnT-Ⅲは、ERK/MAPKシグナル伝達を介して赤血球分化を制御する ―慢性骨髄性白血病に対する分化誘導機構を基盤とする新しい治療法―

東北医科薬科大学 薬学部の顧建国 教授、名古屋大学 糖鎖生命コア研究所 古川潤一 特任教授、島津製作所 分析計測事業部 Solutions COE 西風隆司 、東京都健康長寿医療センター 三浦ゆり 部長らの研究グループは、糖転移酵素*1のひとつであるGlcNAc転移酵素Ⅲ(GnT-Ⅲ) *2によるERK/MAPKシグナル伝達*3を介した赤血球分化制御とその仕組みを明らかにしました。
慢性骨髄性白血病(CML)は、骨髄増殖性腫瘍の1つで、フィラデルフィア染色体(BCR-ABL1融合遺伝子)によりつくられるチロシンキナーゼの活性化を特徴としています。現在、ABL1チロシンキナーゼに対する分子標的薬により、患者の平均余命が著しく改善されていますが、薬剤耐性が生じるため、白血病細胞の分化誘導による寛解が注目されています。本研究では、CML 細胞株である K562細胞*4に酪酸ナトリウム (NaBu) を用いて赤血球分化を誘導し、糖鎖構造の変化を検討したところ、GnT-IIIとその産物であるバイセクト糖鎖2の発現が顕著に増加し、逆にGnT-IIIを欠損させたK562細胞は赤血球マーカーの減少と分化の抑制を認めました。また、赤血球分化に重要なERK/MAPK経路を阻害するとGnT-IIIの発現が著しく抑制されること、赤血球分化に密接に関連するc-KitやCD71などの膜タンパク質に付加された糖鎖がGnT-Ⅲによって修飾され、その生物学的機能を変化させていることを明らかにしました。

 

【ポイント】

・ 慢性骨髄性白血病細胞の赤血球分化においてGlcNAc転移酵素Ⅲ(GnT-III)の発現が大幅に増加した。GnT-III を欠失されると赤血球への分化が著しく阻害された。

 

・ GnT-IIIは、細胞表面に発現する赤血球分化誘導に大事な膜受容体c-KitやCD71などの発現を誘導し、下流のERK/MAPKの活性化を促進する。そのMAPKを抑制すると、赤血球分化が阻害される。

 

・ GnT-IIIの発現制御は慢性骨髄性白血病に対する分化誘導機構を基盤とする新しい治療法となる可能性がある。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 
【用語説明】

*1 糖転移酵素:糖鎖合成に関与する酵素。ヒトでは約180種類存在することが知られている。主に、細胞中のゴルジ体と呼ばれる小器官に存在している。糖供与体である糖ヌクレオチドから糖をタンパク質に付加する。

 

*2  GnT-III/バイセクト糖鎖:N-acetylglucosaminyltransferase IIIの略で糖転移酵素の一つである。糖タンパク質上のN型糖鎖にbisecting GlcNAcを持つ構造(バイセクト糖鎖)を作る。N型糖鎖は複雑な分岐構造を持つがbisecting GlcNAcを作ると、他の糖転移酵素による分岐構造を作り難くなるため、N型糖鎖の高分岐化が抑制される。

 

*3 ERK/MAPKシグナル伝達経路: Ras-Raf-MEK-ERK経路としても知られる。細胞表面の受容体からの信号を細胞核内のDNAに伝達する一連の細胞内タンパク質のリン酸化で、細胞の増殖や分化に関与する。

 

*4  K562 細胞:慢性骨髄性白血病細胞株で、種々の化学物質により赤芽球系細胞や巨核球系細胞に分化させることが出来る。酪酸ナトリウム (NaBu)を用いて刺激すると赤芽球系に分化させると、ヘモグロビンを合成して細胞が赤くなる。

 

【論文情報】

タイトル:The acetylglucosaminyltransferase GnT-Ⅲ regulates erythroid differentiation through ERK/MAPK signaling

 

著  者:吴天貴1、孫鈺涵1、王丹1、伊左治知弥1、福田友彦1、鈴木千春2、花松久寿2、西風隆司3、津元裕樹4、三浦ゆり4、古川潤一2, 5、顧建国1

 

著者所属:1東北医科薬科大学 薬学部、2名古屋大学 糖鎖生命コア研究所、3島津製作所 分析計測事業部、4東京都健康長寿医療センター 老化機構研究チーム、5北海道大学 医学部

 

DOI:10.1016/j.jbc.2024.108010

 

【研究代表者】

糖鎖生命コア研究所 古川 潤一 特任教授
https://igcore.thers.ac.jp/