生物学
2025.01.14
四面楚歌をどう切り抜ける? ~アリの巣内部で暮らすコオロギの逃避戦略~
名古屋大学大学院理学研究科の田中 良弥 助教、上川内 あづさ 教授(トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)※ 兼務)、生命農学研究科の三高 雄希 助教、竹本 大吾 教授、かずさDNA研究所の佐藤 光彦 研究員、名古屋市立大学大学院薬学研究科の鈴木 力憲 講師らの共同研究グループは、アリの巣の中で暮らす好蟻性(こうぎせい)生物注1)であるアリヅカコオロギ注2)の一種が、アリの巣という特異な環境に適した逃避戦略を持つことを発見しました。
アリの巣には、好蟻性生物と呼ばれる多様な生き物が暮らしており、その多くはアリと同じ匂いを身にまとうことで、アリからの攻撃を回避すると考えられています。一方で、そのような戦略を十分に持たず、アリに見つかると攻撃される種も存在します。そうした種が多数のアリがいる巣内でどのように攻撃を避けて生活しているかは詳しく分かっていませんでした。
本研究では、この問いに迫るために、アリヅカコオロギのアリに対する逃避行動注3)を調べました。その結果、このコオロギは比較的ゆっくりとしたスピードでアリの背後に回り込む戦略と、高速で直線的に移動する戦略の2つの逃避行動を持つことが分かりました。興味深いことに、宿主のアリに対して、コオロギは背後に回り込む戦略を優先的に使うことが分かりました。この傾向は、宿主ではないアリに対しては見られませんでした。また、行動シミュレーションから、背後に回り込む戦略は無数のアリがいる中で効率よく食糧を探索するのに有効であることが示唆されました。以上から、このアリヅカコオロギはこれら2つの逃避戦略を状況に応じてうまく使い分けることで、アリの巣内での生活を可能にしていると考えられます。
今後、ゲノムや遺伝子レベルの解析を進めることで、好蟻性生物の多様性を生み出す仕組みの解明につながることが期待されます。
本研究成果は2024年12月31日(日本時間)付国際学術誌『Communications Biology』に掲載されました。
・アリの巣に住むアリヅカコオロギがアリに対し2種類の逃避戦略を持つことを発見。
・2種類の逃避戦略は宿主のアリを効率よく回避することに寄与する。
・アリの巣に住む好蟻性(こうぎせい)の行動様式がどう進化したかを理解することに繋がると期待。
◆詳細(プレスリリース本文)はこちら
注1)好蟻性(こうぎせい)生物:
生活史の全てあるいは一部において、アリの巣の内部で生活する生物を指す。好蟻性はさまざまな無脊椎動物の仲間で独立に進化しており、好蟻性生物はアリの巣に適応してユニークな外部形態や行動様式を持つことが多い。
注2)アリヅカコオロギ:
バッタ目アリヅカコオロギ科アリヅカコオロギ属の昆虫を指す。好蟻性であり、翅(はね)は無く、複眼も一般的なバッタ目昆虫と比べると著しく小さい。本研究で使用したサトアリヅカコオロギは主にアリが運んできた昆虫の死骸を食べると考えられているが、アリから口移しで食べ物を分けてもらいアリと接触しても攻撃されない種も存在する。そうした種は、アリの炭化水素を盗み化学擬態することでアリからの攻撃を避けていると考えられている。
注3)逃避行動:
動物個体が捕食者などの脅威を避けるために、その場から移動する行動を指す。どのような逃避行動を示すかは動物種ごとに異なり、その動物種の移動能力や捕食者の認知・追跡能力によって決まると考えられている。
雑誌名:Communications Biology
論文タイトル:Switching escape strategies in the parasitic ant cricket Myrmecophilus tetramorii
著者: Ryoya Tanaka*, Yuki Mitaka, Daigo Takemoto, Mitsuhiko P. Sato, Azusa Kamikouchi, Yoshinori Suzuki* (*共同責任著者を示す)
DOI:10.1038/s42003-024-07368-y
URL:https://www.nature.com/articles/s42003-024-07368-y
※ 【WPI-ITbMについて】(http://www.itbm.nagoya-u.ac.jp)
名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)は、2012年に文部科学省の世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)の1つとして採択されました。
WPI-ITbMでは、精緻にデザインされた機能をもつ分子(化合物)を用いて、これまで明らかにされていなかった生命機能の解明を目指すと共に、化学者と生物学者が隣り合わせになって融合研究をおこなうミックス・ラボ、ミックス・オフィスで化学と生物学の融合領域研究を展開しています。「ミックス」をキーワードに、人々の思考、生活、行動を劇的に変えるトランスフォーマティブ分子の発見と開発をおこない、社会が直面する環境問題、食料問題、医療技術の発展といったさまざまな課題に取り組んでいます。これまで10年間の取り組みが高く評価され、世界トップレベルの極めて高い研究水準と優れた研究環境にある研究拠点「WPIアカデミー」のメンバーに認定されました。