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医歯薬学

2025.02.26

上部胃がんにおける脾門部リンパ節転移を予測する機械学習モデルの開発 ベイズ主義アプローチに基づく臨床的意思決定支援システムを開発

国立がん研究センター(東京都中央区、理事長:中釜斉)、理化学研究所(埼玉県和光市、理事長:五神真)、名古屋大学(愛知県名古屋市、総長:杉山直)からなる共同研究グループは、機械学習の 1 つであるベイズロジスティック回帰(注 1)を用いた、上部胃がんにおける脾門部リンパ節転移(注 2)を予測するモデル「Bayes-SHLNM」を開発いたしました。
頻度主義アプローチ(注 3)に基づく機械学習モデルは、不確実性を予測できないため、臨床実践の要件を満たすことができず、高性能なモデルであっても、臨床的判断のプロセスを変更することは困難でありました。今回研究グループが開発した Bayes-SHLNM モデルは、ベイズ主義アプローチ(注 4)を用い、不確実性を考慮した実行可能な洞察が求められる複雑な臨床判断に役立ちます。また本モデルは、事後確率分布を視覚化することで、不確実性と結果の幅を明らかにし、リスクが高く不確実な状況における臨床的判断に役立てることができます。
本研究は、国立がん研究センター研究所 医療 AI 研究開発分野の石津賢一がん専門修練医(研究当時)、高橋慧外来研究員(理化学研究所 革新知能統合研究センター・上級研究員)、浜本隆二分野長、国立がん研究センター中央病院 胃外科の吉川貴己科長、理化学研究所・名古屋大学の研究チームで実施しました。
この研究成果は、国際学術雑誌「npj Digital Medicine 」オンライン版(2 月 11 日付)に掲載されました。

 

【ポイント】

⚫ 上部胃がんでは、脾門部リンパ節転移の可能性を踏まえ脾臓を摘出することがあります。しかし、脾臓の摘出は合併症の発生率が高く、また実際は転移していない場合もあるなどの課題もあり、脾門部リンパ節転移の確かな予測による適切な意思決定方法が求められています。
⚫ 従来の頻度主義アプローチに基づく機械学習モデルは、1 点推定値しか提供できず予測の不確実性を把握できないため、臨床現場での使用には適しておりませんでした。今回、ベイズ主義アプローチに基づく予測の不確実性に焦点を当てた意思決定に役立つ予測モデルの開発を試み、臨床病理学的特性から上部胃がんにおける脾門部リンパ節転移の個々の事後確率分布を可視化することに成功しました。
⚫ Bayes-SHLNM モデルは、性能評価指標の受信者動作特性曲線下面積が 0.83 と優れた性能を示しました。
⚫ 脾門部リンパ節郭清の適応として推奨されている大弯侵襲の有無で腫瘍を 2 つのカテゴリーに分けた場合、 Bayes-SHLNM モデルは大弯侵襲を伴わない症例では 99%の症例で正確に陰性と予測されました。
⚫ Bayes-SHLNM モデルは、侵襲的治療である脾門部リンパ節郭清を行うことの利点と、その症例で合併症を発症することの不利な点を理解した上で、その是非を評価し、議論するために使用できる効果的な個別指標を提供することが期待されます。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

注 1: ベイズロジスティック回帰
ベイズロジスティック回帰とは、ロジスティック回帰にベイズ統計の枠組みを適用した手法です。従来のロジスティック回帰は頻度主義アプローチを取りますが、ベイズロジスティック回帰では、パラメータに事前確率分布を設定し、データを基に事後確率分布を求めるという特徴があります。

 

注 2: 脾門部リンパ節転移
脾門部リンパ節転移とは、がん細胞が脾臓の門(脾門)にあるリンパ節に転移することを指します。脾門部は、脾臓に血液を供給する脾動脈や脾静脈が集まる領域であり、多くのリンパ節が存在します。胃がんのリンパ流は、胃大弯側から脾門部へ流れる経路があり、特に胃の上部(噴門部・胃体部) に発生したがんで脾門部リンパ節転移が起こりやすいという特徴があります。進行胃がんでは、脾門部リンパ節が転移の好発部位となるため、D2 郭清(リンパ節の広範な切除)が必要になることがあります。

 

注 3: 頻度主義アプローチ
頻度主義アプローチとは、統計学の考え方の一つであり、確率を「長期的な頻度」として定義し、推論を行う方法です。このアプローチは「データを何度も観測した場合に、特定の事象が発生する割合」 に基づいております。パラメータの扱いは固定値で、仮設検定を行う際に、帰無仮説(H0)を設定し、それを棄却するどうかを決定します。一般的に p < 0.05 (5%)ならば、「帰無仮説を棄却し、対立仮説を支持する」とします。

 

注 4: ベイズ主義アプローチ
ベイズ主義アプローチとは、確率を「不確実性の度合い」として捉え、データと事前情報を統合して推論する手法です。ベイズの定理を基盤とし、事前確率分布と尤度を組み合わせて、事後確率分布を求めることで、推論を行います。パラメータの扱いは確率分布を持ち(事前分布→事後分布)、仮設検定としては事後確率を用います。頻度主義アプローチによる推定では1つの推定値を得るのに対し、ベイズ主義アプローチでは「確率分布」として推定を行い、不確実性も考慮できます。

 

【論文情報】

雑誌名: npj Digital Medicine
タイトル: Establishment of a machine learning model for predicting splenic hilar lymph node metastasis
著者: Kenichi Ishizu, Satoshi Takahashi (* Corresponding Author), Nobuji Kouno, Ken Takasawa, Katsuji Takeda, Kota Matsui, Masashi Nishino, Tsutomu Hayashi, Yukinori Yamagata, Shigeyuki Matsui, Takaki Yoshikawa, Ryuji Hamamoto (* Corresponding Author)
DOI: 10.1038/s41746-025-01480-x
掲載日: 2025 年 2 月 11 日付(オンライン・プレ・リリース)
URL: https://www.nature.com/articles/s41746-025-01480-x(外部サイトにリンクします)

 

【研究関係者】

大学院医学系研究科 松井 孝太 講師松井 茂之 教授
http://nagoya-biostat.jp/