記憶は過去を振り返り、現在の行動を決定し、未来を計画するための土台であり、私たちの生活を形作る上で欠かすことのできない要素です。さらに、記憶があるからこそ、人は学習を重ね、経験を積むことで成長できます。しかし、記憶の維持に関わる細胞のメカニズムについては、まだ解明されていない部分が多く残されています。
研究グループは、長年の神経科学の謎であった記憶が長期化するメカニズムについて、細胞骨格セプチン3(注1)を介した長期記憶のしくみを解明することに成功しました。今後、高齢者の認知機能低下の予防や治療戦略の糸口になることが期待できます。
本研究成果は、2025年2月28日に米国の学術誌「Cell Reports」のオンライン版で公開されます。
● 脳に記憶を長期化させる強い刺激が入ると、記憶素子である樹状突起スパイン(以下スパイン)において、細胞骨格セプチン3を介して滑面小胞体(注2)が移動することを見いだしました。
● 細胞骨格セプチン3欠損マウスでは、滑面小胞体を含むスパインの数が低下しており、短期記憶は正常である一方で、長期記憶が障害されることを明らかにしました。
● 細胞骨格セプチン3を介した長期記憶のしくみの解明から、記憶の維持や回復を支えるための新しい治療戦略への展開が期待されます。
◆詳細(プレスリリース本文)はこちら
(注1)細胞骨格セプチン3
細胞骨格セプチンを構成するセプチンファミリーに属するGTP(グアノシン三リン酸)結合タンパク質です。セプチンは、細胞分裂や細胞の形状維持など、多様な細胞機能に関与しています。特にセプチン3はこれまでの研究で神経細胞において顕著に発現しており、セプチン3の異常は神経疾患の発症と関連する可能性が示唆されていました。
(注2)滑面小胞体
真核細胞内に存在するオルガネラである小胞体の一部で、リボソームが付着していないため滑らかな外観を持っています。特に脂質の合成、細胞内カルシウムの貯蔵・調節などにおいて重要な役割を果たします。たとえば、筋細胞ではCa2+の放出と再取り込みを通じて筋収縮が制御されています。
雑誌名:「Cell Reports」(2025年2月28日)
論文タイトル:Septin 3 regulates memory and L-LTP-dependent extension of endoplasmic reticulum into spines
著者: Natsumi Ageta-Ishihara*, Yugo Fukazawa, Fumiko Arima-Yoshida, Hiroyuki Okuno, Yuichiro Ishii, Keizo Takao, Kohtarou Konno, Kazuto Fujishima, Hiroshi Ageta, Hiroyuki Hioki, Kunihiro Tsuchida, Yoshikatsu Sato, Mineko Kengaku, Masahiko Watanabe, Ayako M. Watabe, Toshiya Manabe, Tsuyoshi Miyakawa, Kaoru Inokuchi, Haruhiko Bito, and Makoto Kinoshita*
(*責任著者)
DOI番号:10.1016/j.celrep.2025.115352
論文URL:https://doi.org/10.1016/j.celrep.2025.115352
大学院理学研究科附属ニューロサイエンスセンター 木下 専 教授
https://nsi.bio.nagoya-u.ac.jp/jp/
https://www.bio.nagoya-u.ac.jp/research/