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農学

2025.05.09

ヒト脳内に含まれる物質の新機能を解明 トガリネズミの毒に似たペプチドから神経疾患治療法開発の応用へ

哺乳類の一部は毒を持っており、その毒を、外敵から身を守ったり餌を捕まえたりするために使います。ヒトの脳に含まれる「シンエンケファリン」という物質は、トガリネズミが餌のミールワームを麻痺させる毒に構造がよく似ていますが、その機能は長らく未解明でした。
名古屋大学大学院生命農学研究科の北 将樹 教授、Andres D. Maturana准教授らの研究グループは、シンエンケファリンの一部 (hSYN) がヒトの神経系の働きに重要なT型カルシウムチャネルを活性化させることを発見し、さらにhSYNはトガリネズミの毒が持つ麻痺作用を示さないことを発見しました。
今回の研究は、神経の働きの仕組みを解き明かす手がかりとなり、神経疾患の治療法開発などへの応用につながるとともに、哺乳類の持つ毒が生物の進化でどのように派生し、多様化したのかという点について新たな理解をもたらすと期待されます。
本研究成果は、2025年4月25日にドイツの科学雑誌『Angewandte Chemie International Edition 』でオンライン掲載(正規論文は2025年5月4日に公開)されました。

 

【ポイント】

・トガリネズミの毒に類似した、ヒト脳に含まれる「シンエンケファリン注1)」の一部(hSYN)を化学合成した。
・hSYNは脳・神経系の働きに重要なT型カルシウムチャネル注2)を活性化させるが、 ミールワームを麻痺させず、毒の働きはないことを見出した。
・ドッキングシミュレーションにより、hSYNとトガリネズミ注3)の毒ではT型カルシウムチャネルとの結合の仕方が異なることを示した。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

注1)シンエンケファリン:
脳組織から発見された物質。前駆体のタンパク質、プロエンケファリンが部分的に切断されることで、鎮痛・麻薬作用を示すオピオイドペプチド、エンケファリン類と共に放出される。ヒトでは全長73アミノ酸残基からなるが、今回の研究ではその一部分である1~53残基をhSYNと呼び、化学合成と機能解析を行った。
注2)T型カルシウムチャネル:
低電位で活性化する電位依存性カルシウムチャネルの一種であり、主に心臓のペースメーカー細胞や脳神経細胞で発現している。このチャネルの機能異常は、てんかんや自閉症スペクトラム障害と関連することが示唆されている。
注3)トガリネズミ:
真無盲腸目に分類される小型の哺乳類。北米に生息するブラリナトガリネズミ(Blarina brevicauda )は唾液に特に強い毒を有しており、タンパク毒Blarina toxinや麻痺性神経毒ペプチドBlarina paralytic peptides (BPP類) が活性成分として見出されている。

 

【論文情報】

雑誌名:Angewandte Chemie International Edition
論文タイトル:Hyperpolarization Modulation of the T-type hCav3.2 Channel by Human Synenkephalin [1-53], a Shrew Neurotoxin Analogue without Paralytic Effects(トガリネズミ神経毒のアナログ、ヒト由来シンエンケファリン[1-53]は麻痺効果を示さずにT型カルシウムチャネル(hCav3.2)の過分極を引き起こす)
著者:Ryo Fukuoka, Yusuke Yano, Nozomi Hara, Chihiro Sadamoto, Andres D. Maturana, Masaki Kita(福岡 凌1、矢野 佑介1、原 望実1、定元 千弥1、Andres D. Maturana 1、北 将樹1,2)1: 名古屋大学大学院生命農学研究科、2: 名古屋大学未来社会創造機構        
DOI: 10.1002/anie.202503891

 

【研究代表者】

大学院生命農学研究科 北 将樹 教授
http://www.agr.nagoya-u.ac.jp/~chembio/index.html