我々の脳内で記憶の素子となるのは、神経細胞間の接続部分であるシナプスです。その機能を“見る”ことができれば、記憶のメカニズムの理解につながります。
名古屋大学未来社会創造機構、大学院工学研究科の清中 茂樹 教授、曽我 恭平 博士後期課程学生らのグループは、東北大学多元物質科学研究所の南後 恵理子 教授らのグループとの共同研究で、記憶や学習に必須な神経伝達物質受容体のAMPA型グルタミン酸受容体(以下、AMPA受容体)の可視化分子を開発しました。
脳内の情報伝達はシナプスという神経細胞間の接続部分で行われ、記憶が刻まれる際にはシナプスのつながりに強弱がつくことが知られています。その強弱に直接関係しているタンパク質として神経伝達物質受容体のAMPA受容体があります。すなわち、AMPA受容体を可視化することがシナプスの機能を“見る”ことにつながります。
本研究では、AMPA受容体を可視化するため、有機小分子ベースの可視化プローブPFQX1(AF488)の開発を行いました。PFQX1(AF488)は、培養皿上の細胞にふりかけるだけでAMPA受容体を可視化し、その標識は10秒以内に完了します。このような簡便さと、迅速な標識可能性を持つプローブは世界初です。さらに、この特徴を利用して、神経細胞においてAMPA受容体の詳細な動態解析にも成功しました。
本成果により、今後、脳内でいつ・どこで・どのように記憶が形成されているかを明らかにする手がかりが得られるとともに、アルツハイマー病など神経疾患の早期発見や診断への応用も期待されます。
本研究成果は、2025年6月7日午前3時(日本時間)付で米国の学術雑誌『Science Advances』に掲載されました。
・脳の記憶や学習に関わる“神経シナプス注1)”を簡便に可視化する化合物を開発。
・AMPA受容体注2)を標的にすることでシナプスそのものの機能を“見る”ことが可能に。
・高度な技術不要、「ふりかけるだけ」で10秒以内に標識が完了。脳の記憶解析や疾患研究に新たな道を拓く。
◆詳細(プレスリリース本文)はこちら
注1)シナプス:
2つの神経細胞が情報伝達を行うサイト。シナプス前部とシナプス後部に分かれる。シナプス前部から神経伝達物質(グルタミン酸など)が放出され、シナプス後部の細胞膜上に存在する神経伝達物質受容体が受け取る。
注2)AMPA受容体:
神経伝達物質受容体の1つであり、シナプス後部に発現する。グルタミン酸を受け取り、Na+やK+といった陽イオンを透過するイオンチャネルである。また、細胞膜上における発現はダイナミックに変化しており、シナプス可塑性時に増減することが知られる。
雑誌名:Science Advances
論文タイトル:Rapid and reversible fluorescent probe enables repeated snapshot imaging of AMPA receptors during synaptic plasticity
著者:Kyohei Soga, Takaaki Fujiwara, Mayu Nakagawa, Akihiro Shibata, Hansel Adriel, Kenji Yatsuzuka, Wataru Kakegawa, Michisuke Yuzaki, Itaru Hamachi, Eriko Nango+, Shigeki Kiyonaka+ +Corresponding author
(曽我恭平、藤原孝彰、中川満結、柴田晃大、Hansel Adriel、八塚研治、掛川渉、柚崎通介、浜地格、南後恵理子+、清中茂樹+ +責任著者)
DOI: 10.1126/sciadv.adt6683
URL:https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.adt6683
未来社会創造機構/大学院工学研究科 清中 茂樹, 主著者:曽我 恭平(博士後期課程学生)
https://chembio.movabletype.io/