・独自に開発した水溶性フラーレン注1)誘導体を燃料電池用電解質膜中に分散し、活性酸素による膜の劣化を大幅に抑制。
・フラーレンのラジカル捕捉能とセリウム(Ce)イオン注2)の相乗効果で耐久性を約10倍に向上。フッ化物イオン排出量も90%以上低減。
・水素社会の中核を担う燃料電池の耐久性を大幅に引き上げ、その用途を大型トラック、船舶、鉄道、建機などへの多用途展開に貢献する成果。
名古屋大学大学院工学研究科および未来社会創造機構マテリアルイノベーション研究所の松尾 豊 教授、川角 昌弥 特任教授らの研究グループは、独自に開発した水に溶けるフラーレン誘導体を用い、プロトン交換膜型燃料電池(PEMFC)注3)の心臓部である高分子電解質膜の耐久性を劇的に改善する技術を開発しました。
フラーレンは強力なラジカル消去能を持ちますが、水や電解質膜との相性が悪く膜中で凝集してしまい、実用化には課題がありました。本研究では、ヒドロキシ基やカルボキシ基を特定の位置に導入した新規フラーレン誘導体を合成し、ナフィオン注4)電解質膜中に均一分散させることに成功しました。
これらのフラーレン誘導体はラジカルクエンチ能により単独でも電解質膜の分解を抑制しますが、さらに微量のセリウムイオンをキレート注5)配位させることで、耐久性が飛躍的に向上しました。膜の分解指標であるフッ化物イオンの放出量は、フェントン試験注6)において従来膜の10分の1以下となりました。高温・高電位保持条件下での加速的な耐久試験において、燃料電池の動作寿命は100時間から最大1050時間へと10倍以上に延伸され、排出水中のフッ化物イオンの排出速度は、フラーレン誘導体未添加膜と比較して1/50になりました。
本研究の成果は、水素エネルギー社会の実現に向けて鍵となる燃料電池の耐久性向上と、より長期間の耐久性が要求される大型トラック、船舶、鉄道、建機などへの多用途展開に貢献するものです。さらに、水に溶けるフラーレン誘導体を用いたラジカル制御技術は、燃料電池材料に限らず、膜分離、触媒、医療材料など広範な分野への応用も期待されます。
本研究成果は、2025年7月14日18時(日本時間)付の英国Natureグループの材料科学専門誌『Communications Materials』オンライン版に掲載されました。
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注1)フラーレン(Fullerene):
炭素原子のみで構成されるサッカーボール状の球状分子。代表的なC₆₀は高い電子受容能やラジカル捕捉能力を持ち、エネルギー材料・医薬・ナノ材料分野で応用が期待されている。
注2)セリウム(Ce)イオン:
酸化還元反応によりラジカルを除去する能力を持つ希土類元素。Ce³⁺とCe⁴⁺の間で可逆的に電子授受することで、酸化防止剤として機能する。
注3)プロトン交換膜型燃料電池(PEMFC):
高分子電解質膜を電解質として用いる燃料電池。水素を燃料、酸素を酸化剤として発電し、排出物は水のみ。自動車や家庭用コージェネレーションに利用されている。
注4)ナフィオン(Nafion):
デュポン社が開発したフッ素系高分子電解質膜。高いプロトン伝導性と化学的安定性を持ち、燃料電池の標準材料として広く使用されている。
注5)キレート:
ある分子が複数の結合部位で金属イオンを取り囲んで安定な錯体を形成すること。本研究ではフラーレン誘導体がCeイオンをキレートし、膜内に安定に保持している。
注6)フェントン試験:
過酸化水素(H₂O₂)と鉄イオン(Fe²⁺)を使って強力なヒドロキシルラジカルを発生させ、材料の酸化劣化耐性を評価する試験方法。膜の耐久性評価に広く用いられる。
雑誌名:Communications Materials(Nature Publishing Group)
論文タイトル:Water-soluble fullerene derivatives as radical scavengers for highly durable proton exchange membrane fuel cells
著者:Ratna Balgis (i-MI), Hibiki Ohashi (工学), Kazuhira Miwa (工学), Yoshiki Ono (工学), Shoei Suyama (理学), Takeshi Yanai (理学、ITbM), Miftakhul Huda (工学), Takashi Watanabe (i-MI), Tsutomu Aoki (FC), Toshikazu Ogino (FC), Chunyan Li (FC), Masaya Kawasumi* (i-MI), Yutaka Matsuo* (工学、i-MI)
(*責任著者、下線は本学関係者、i-MI = マテリアルイノベーション研究所、工学 = 工学研究科、理学 = 理学研究科、ITbM = トランスフォーマティブ生命分子研究所、FC = FC-Cubic)
DOI: 10.1038/s43246-025-00845-9
URL: https://doi.org/10.1038/s43246-025-00845-9