・IV族混晶半導体注1)ゲルマニウム錫(スズ)(GeSn)注2)およびゲルマニウムシリコン錫(GeSiSn)注3)からなる二重障壁構造(DBS)注4)を、分子線エピタキシー(MBE)法で、従来よりも高品質にエピタキシャル成長する技術を新規に開発した。
・GeSn層のエピタキシャル成長中にのみ水素(H₂)ガスを導入することで、平坦かつ急峻界面を有するGeSn/GeSiSn DBSの形成が可能であることを明らかにした。
・高品質成長したGeSn/GeSiSn DBSを用いた共鳴トンネルダイオード(RTD)注5)を試作し、従来の動作温度10 Kを大幅に上回る室温(300 K)での動作実証に成功した。
名古屋大学大学院工学研究科の柴山 茂久 助教、鳥本 昇汰 博士前期課程学生、石本 修斗 博士前期課程学生(研究当時)、中塚 理 教授らの研究グループは、シリコン(Si)、ゲルマニウム(Ge)、スズ(Sn)というIV族元素のみで構成されるGeSn/GeSiSn二重障壁構造を超高品質に形成する新技術を開発し、テラヘルツ発振に必要な共鳴トンネルダイオード(RTD)を室温で動作させることに世界で初めて成功しました。
超高速大容量無線通信の実現に向けて、テラヘルツ帯の活用が注目を集めており、中でもテラヘルツ波の小型発振器として、RTDが最も有望視されています。現在のテラヘルツ帯で発振可能な小型RTDはIII-V族化合物半導体で構成されますが、希少かつ有害な元素であるInやAsなどが含まれるため、低コストかつ無毒なIV族半導体による高出力なRTD実現が嘱望されています。
IV族半導体の中でも、Sn含有IV族混晶(GeSn、GeSiSn)からなるGeSn/GeSiSn二重障壁構造で構成されるRTDは、III-V族化合物半導体RTDに匹敵する高出力な発振器実現が期待できます。従来、GeSn/GeSiSn RTDの動作温度は10 Kという低温に留まっており、その動作温度の向上が課題でした。
本研究では、GeSn/GeSiSn二重障壁構造を分子線エピタキシー(MBE)法で形成する際、成長雰囲気への適切な水素ガス導入により、GeSn/GeSiSnヘテロ界面を急峻かつ平坦に形成できることを明らかにしました。さらに、本技術を用いて作製したRTDにおいて、従来の動作温度をはるかに上回る室温(300 K)での動作実証に、世界に先駆けて成功しました。
本成果は、オールIV族混晶半導体による高出力・高性能なRTD実現につながる成果です。今後本成果を基盤として、安価で環境に優しいテラヘルツ帯半導体デバイスなどの創出が期待されます。本研究成果は、2025年8月15日付ACS Publications雑誌『ACS Applied Electronic Materials』に掲載されました。
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注1)Ⅳ族混晶半導体:
周期表において14族元素から形成される半導体材料。集積回路や太陽電池で広く用いられるシリコン(Si)をはじめとして、パワーエレクトロニクスで用いられるシリコンカーバイド(SiC)化合物、高周波デバイスに用いられるシリコンゲルマニウム(SiGe)混晶や赤外線検出器などに用いられるゲルマニウム(Ge)などが含まれる。
注2)ゲルマニウム錫(GeSn):
GeとSnが混ざりあった結晶。通常、常温・常圧でSi、Ge、SiGe混晶などと同様のダイヤモンド型の結晶構造を取る。Geよりも狭いバンドギャップ、10%程度以上のSn組成で直接遷移化する特徴を持ち、近年、赤外線受発光デバイスをはじめ、さまざまな電子デバイスへの応用が期待されている。
注3)ゲルマニウムシリコン錫(GeSiSn):
Ge、Si、およびSnが混ざりあった結晶。通常、常温・常圧でSi、Ge、SiGe混晶などと同様のダイヤモンド型の結晶構造を取る。Ge、Si、Snの混晶組成比に応じて、バンドギャップや格子定数を独立に制御可能な特徴を持つ。GeやGeSnと積層することで、二重障壁構造を初めとしたさまざまなエネルギーバンド構造を自由にデザインできる。
注4)二重障壁構造(Double barrier structure, DBS):
スペーサー層、バリア層、井戸層、バリア層、スペーサー層の5層で構成され、バリア層は井戸層に対してエネルギー障壁を有する構造。井戸層はバリア層同士で挟まれるため、量子閉じ込め構造が形成され、井戸層には量子準位が形成される。本研究では、GeSn層がスペーサー層と井戸層、GeSiSn層がバリア層に相当する。
注5)共鳴トンネルダイオード(Resonant tunneling diode, RTD):
DBSを基本構造とし、井戸層中の量子準位を介した電子または正孔の共鳴トンネル効果を利用した半導体デバイス。共鳴トンネル電流に由来した負性微分抵抗領域を有した電流–電圧特性を持つことが特徴である。負性微分抵抗領域を利用して、THz領域で動作する発振器等への応用が期待されている。
雑誌名: ACS Applied Electronic Materials
論文タイトル:Room temperature operation of Ge1-xSnx/Ge1-x-ySixSny resonant tunneling diode featured with H2-introduction during molecular beam epitaxy
著者:Shota Torimoto1, Shuto Ishimoto1, Yoshiki Kato1, Mitsuo Sakashita1, Masashi Kurosawa1, Osamu Nakatsuka1,2, and Shigehisa Shibayama1 (所属:1Graduate School of Engineering, Nagoya University, 2Institute of Materials and Systems for Sustainability, Nagoya University)
S. Torimotoは本学大学院博士前期課程学生
S. Ishimotoは本学大学院博士前期課程学生(当時)
Y. Katoは本学大学院博士後期課程学生、その他4名は本学教員
DOI: 10.1021/acsaelm.5c01049
URL: https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acsaelm.5c01049