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生物学

2025.08.05

蚊の"聴覚"を操る鍵は、神経伝達物質と細胞内シグナル ~蚊の繁殖を抑える新たな防除戦略の開発へ重要な一歩~

【研究概要】

・神経伝達物質オクトパミン注1)が、ネッタイシマカの聴覚機能を変化させる。
・オクトパミン受容体に作用する化合物や細胞内セカンドメッセンジャーであるcAMPの投与でも、その変化が誘導できる。
・蚊の繁殖の鍵となる、オスがメスの羽音を鋭敏に検知する仕組みの解明につながる。

 

名古屋大学大学院理学研究科・トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)の上川内 あづさ 教授、マシュー スー 特任助教らの研究グループは、神経伝達物質「オクトパミン」が、オスのネッタイシマカにおける聴覚器の機能を調節するメカニズムの一端を解明しました。
蚊は、世界中でさまざまな感染症を媒介し、ヒトの命を最も奪っている動物のひとつです。オスの蚊は、メスの羽音を頼りに配偶相手を探すため、聴覚は配偶行動を成立させるために重要な役割を果たします。このため、蚊の繁殖を制御する新たな防除手段として、蚊の聴覚機能の利用が注目されています。これまで、私たちの「耳」に相当する蚊の聴覚器の機能は、脳からの信号で制御されることが知られていましたが、そのメカニズムには多くの未解明な点が残されています。
本研究では、ネッタイシマカの聴覚器において、オクトパミンやその受容体サブタイプが多く発現することを発見しました。さらに、薬理学的実験により、オクトパミン受容体に作用する化合物や、細胞内セカンドメッセンジャーであるcAMPが、オスの聴覚器の機能を調節することを見出しました。これらの成果は、蚊の聴覚が神経伝達物質と細胞内シグナルによって柔軟に調節されていることを示しており、聴覚を標的とした新しい蚊の防除戦略の開発につながる可能性が期待されます。
本研究成果は、2025年7月24日付国際科学雑誌『iScience』に掲載されました。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

注1)オクトパミン:
昆虫をはじめとする無脊椎動物において広く存在する神経伝達物質であり、哺乳類におけるノルアドレナリンに相当する機能を持つと考えられている。主に行動の調節、覚醒状態、学習、記憶、代謝などに関与しており、神経機能の調節に重要な役割を果たす。

 

【論文情報】

雑誌名:iScience
論文タイトル:cAMP-related second messenger pathways modulate hearing function in Aedes aegypti mosquitoes
著者:YiFeng Xu, YuMin Loh, Tai-Ting Lee, Wan-Tze Chen, WenWei Loh, 大橋 拓朗, Daniel Eberl, Marta Andrés, Matthew Su, 上川内 あづさ (名古屋大学関係者)
DOI: 10.1016/j.isci.2025.113202
URL: https://doi.org/10.1016/j.isci.2025.113202

 

WPI-ITbMについてhttp://www.itbm.nagoya-u.ac.jp

名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)は、2012年に文部科学省の世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)の1つとして採択されました。

WPI-ITbMでは、精緻にデザインされた機能を持つ分子(化合物)を用いて、これまで明らかにされていなかった生命機能の解明を目指すと共に、化学者と生物学者が隣り合わせになって融合研究をおこなうミックス・ラボ、ミックス・オフィスで化学と生物学の融合領域研究を展開しています。「ミックス」をキーワードに、人々の思考、生活、行動を劇的に変えるトランスフォーマティブ分子の発見と開発をおこない、社会が直面する環境問題、食料問題、医療技術の発展といったさまざまな課題に取り組んでいます。これまで10年間の取り組みが高く評価され、世界トップレベルの極めて高い研究水準と優れた研究環境にある研究拠点「WPIアカデミー」のメンバーに認定されました。

 

【研究代表者】

大学院理学研究科/トランスフォーマティブ生命分子研究所 上川内 あづさ 教授
https://www.bio.nagoya-u.ac.jp/~NC_home/index2.htm