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工学

2025.09.19

ハーフメタル材料の磁化歳差運動を電界で変調 ―スピン波を情報担体とする新型デバイスの実現に道―

【研究概要】

・高性能スピントロニクス※1材料として有名な強磁性※2ホイスラー合金※3の一種であるCo2FeSiと表面弾性波材料※4として有名な圧電体※5ニオブ酸リチウム(LiNbO3)からなるエピタキシャル※6Co2FeSi/LiNbO3界面マルチフェロイク構造※7を実現。

・スピン波※8の長距離伝播が示唆される低磁気摩擦特性(低ダンピング定数)領域で磁化ダイナミクス  (磁化の歳差運動※9)の電界変調に成功。

・表面弾性波を利用したスピン波の生成技術と本研究技術を融合することで、全電界制御型マグノニクスデバイス※10の実現につながる成果。


大阪大学大学院基礎工学研究科の山田晋也准教授、宇佐見喬政助教(研究当時)(現:先導的学際研究機構講師)、浜屋宏平教授、京都工芸繊維大学電気電子工学系の三浦良雄教授、慶應義塾大学理工学部の能崎幸雄教授、名古屋大学大学院理学研究科の谷山智康教授らの共同研究グループは、高性能スピントロニクス磁石材料(ハーフメタル材料)であるコバルト(Co)基ホイスラー合金磁石(Co2FeSi)と表面弾性波材料として有名な圧電体ニオブ酸リチウム(LiNbO3)からなる界面マルチフェロイク構造を作製することに成功し、ジュール発熱※11のない情報担体として応用が期待されている「スピン波(マグノン)」を利用した全電界制御型マグノニクスデバイスの実現の鍵となる技術を開発しました。ハーフメタル材料はスピン波の長距離伝搬が示唆される低磁気摩擦特性(低ダンピング定数)を示すため、従来よりも高性能なマグノニクスデバイスを実現できる磁化ダイナミクス(磁化の歳差運動)の電界変調を達成しました(図1)。

磁性体(磁石)中の磁化の歳差運動が波として伝搬するスピン波は、ジュール熱を伴わない超低消費電力情報担体として注目されており、「マグノニクス」と呼ばれる新たな研究分野に発展しています。その一方、これまでスピン波の励起(生成)および制御(ON/OFF)には、通常、アンテナ構造を用いた交流磁場の印加手法が利用されており、真の超低消費電力マグノニクスデバイスを実現するには、スピン波の励起および制御を全て「電圧印加」で実現する必要がありました。

本研究では、磁性体としてハーフメタル材料で知られるCo基ホイスラー合金磁石の一種であるCo2FeSiと、表面弾性波材料で有名な圧電体ニオブ酸リチウム(LiNbO3)からなるエピタキシャル界面マルチフェロイク構造を実証することに成功し(図1左)、スピン波の長距離伝搬が示唆される低ダンピング定数の領域(0.004~0.006)で磁化ダイナミクスを電界で変調することに成功しました(図1右)。これは、磁性体中のスピン波の伝搬距離を電界で制御するための基盤技術の構築を意味します(図2)。

今後、本成果と表面弾性波を利用したスピン波生成技術を融合することで、電界印加のみで動作する真の超低消費電力マグノニクスデバイスの開発に発展する可能性があります。

近年、IoT技術・AI技術がますます進展する中、半導体素子の発熱量の増加とそれに伴う消費電力の爆発的な増加が社会問題となっています。本成果は、ジュール熱を伴わない超低消費電力情報担体のスピン波(マグノン)を、省電力で制御するための基盤技術を提供するものです。今後、本成果をデバイス開発へと展開することにより、スピン波(マグノン)を活用した新しい情報処理素子、すなわち「マグノニクスデバイス」の実現に向けて、大きな波及効果が期待されます。

本研究成果に関する情報は、Wiley発行の「Advanced Science」(オンライン:2025年9月18日:日本時間)に掲載されました。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

※1 スピントロニクス

電子の電荷とスピン(角運動量)の両方の自由度を積極的に利用することにより、新機能デバイスの開発を目指している研究分野のこと。
※2 強磁性

物質中の原子の磁気モーメントが同一の方向に揃って整列した状態を強磁性状態と呼び、そのような特性を持つ物質を強磁性体(磁石)と呼ぶ。
※3 ホイスラー合金

構成原子が規則正しく配列した規則合金の一形態であり、その構成元素や規則性に依存して様々な特性を示す。特に、強磁性ホイスラー合金では完全にスピン偏極した状態が理論的に予想されており、高性能なスピントロニクス材料として注目を集めている。
※4 表面弾性波材料

表面弾性波は、固体表面を伝わる弾性波の一種で、エネルギーが表面に集中して伝わる性質を持つ。この表面弾性波を高効率に伝播させられる材料を表面弾性波材料と呼ぶ。これを応用した電子部品は表面弾性波デバイスと呼ばれ、通信端末などに利用されている。
※5 圧電体

圧力を加えた時に物質を構成する原子やイオンの相対位置が変化し、表面にプラスとマイナスの電荷(分極)が生じる現象を圧電効果と呼ぶ。一方、電界印加により物質の形状を変化させることを逆圧電効果と呼ぶ。これらの現象が顕著に現れる物質を圧電体と呼ぶ。圧電体は、機械的変化と電気的変化を互いに変換できるため、振動センサー、圧力センサー、アクチュエータなどに用いられている。
※6 エピタキシャル

単結晶基板上に結晶方位が揃った高品質な薄膜を結晶成長させること。一般に、基板結晶と格子定数が近く原子配列が同じである場合、非常に良質な薄膜が得られる。
※7 界面マルチフェロイク構造

強磁性体と圧電体または強誘電体(圧電体の中でも、自発的に分極が生じ、その自発分極が電界により反転可能な物質)の2層で構成された積層構造で、磁性状態を電界で制御することができる。
※8 スピン波

スピン(磁石)の歳差運動が空間的にずれて波のように伝わっていく現象。この現象を量子力学的に取り扱ったものをマグノンと呼ぶ。
※9 歳差運動

回っているコマが重力の影響で軸を傾けながら、回転軸の先端が円を描くようにゆっくり動く(コマが首を振る)現象のこと。ここでは、磁場中にある磁化ベクトルが外部磁場のまわりを回転する現象のことを指す。
※10 マグノニクスデバイス

マグノン(スピン波)と呼ばれる準粒子を使って情報を処理・伝達する次世代のデバイスのこと。将来の超低消費電力・高速情報処理を実現する可能性を持つ新しいテクノロジーとして期待され、現在急速に発展が進んでいる。
※11 ジュール発熱

電気抵抗がある導体に電流を流したときに発生する熱のこと。抵抗加熱とも呼ばれる。

 

【論文情報】

タイトル:Electric-Field Control of Low Damping Constant in Epitaxial Co2FeSi/LiNbO3 Multiferroic Heterostructures

著者名:Shinya Yamada, Takamasa Usami, Sachio Komori, Yoshio Miura, Kazuto Yamanoi, Yukio Nozaki, Tomoyasu Taniyama, Kohei Hamaya

DOI : https://doi.org/10.1002/advs.202511250

雑誌 : Advanced Science

 

【研究代表者】

大学院理学研究科 谷山 智康 教授

https://www.j-group.phys.nagoya-u.ac.jp