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生物学

2025.10.09

幼い頃の社会経験が脳を作り替える 〜意思決定を支配する神経ネットワークを発見〜

【ポイント】

・線虫成虫期の意思決定は、幼虫期の社会経験に大きく左右される。

・意思決定を支える仕組みは、多くの神経細胞が段階的につながった神経ネットワークである。

・神経ネットワークの接続には「ギャップ結合注1)」と呼ばれるチャネル構造が必要である。

 

名古屋大学大学院理学研究科の中野 俊詩 講師、中山 愛梨 博士後期課程学生、久本 直毅 教授らの研究グループは、幼少期の社会経験が将来の意思決定を制御する神経メカニズムを発見しました。

「幼い頃に育った環境は、その後の性格や行動に大きな影響を与える」——これは私たち人間にとって当たり前のことです。同じ状況に直面しても、人によって取る行動は異なります。では、その違いは私たちの中でどのように生み出されているのでしょうか。

本研究グループは、モデル生物である線虫C. elegans注2)を用いた解析により、成虫が餌を探すときの行動パターンが、幼虫期の飼育環境によって変化することを発見しました。特に、幼虫期に個体密度が高い環境(=餌の競合相手が多い環境)を経験すると、神経回路状態に持続的な変化が生じることを明らかにしました。

この変化は、多数のニューロンが段階的につながったネットワークによって生み出されます。この接続は、「ギャップ結合」と呼ばれるニューロン同士を結ぶトンネル構造を介します。ギャップ結合は、ヒトを含む多くの動物に保存されている神経接続の基本形式であり、私たちの日常的な意思決定にも、同様の仕組みが働いている可能性があります。

本研究成果は、2025年10月7日午前4時(日本時間)付 米国学術雑誌『Proceedings of the National Academy of Sciences (PNAS)』に掲載されます。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

注1)ギャップ結合:

チャネルと呼ばれる構造によって隣接するニューロンが直接結合するシナプス様式。チャネルは細胞間を繋ぐトンネルの役割を果たし、イオンや小分子の透過を可能にする。

注2)線虫 C. elegans

体長がわずか1 mmの非寄生性の線形動物。神経細胞同士のつながり(コネクトーム)がすべて明らかとなっており、神経系の仕組みを理解するためのモデル生物として世界中の研究で用いられている。線虫遺伝子の大部分はヒトと共通しており、その生命現象も同じ遺伝子・分子によって制御されていると考えられる。

 

【論文情報】

雑誌名:Proceedings of the National Academy of Sciences (PNAS)

論文タイトル:A multilayered gap junction network is essential for social decision-making

著者:Airi Nakayama, Hiroo Kuroyanagi, Hironori J. Matsuyama, Ikue Mori, Naoki Hisamoto, and Shunji Nakano (著者は全て本学の現あるいは元関係者)       

DOI:10.1073/pnas.251057912

URL:https://doi.org/10.1073/pnas.2510579122

 

【研究代表者】

大学院理学研究科 中野 俊詩 講師, 主著者:久本 直毅 教授
https://sites.google.com/view/nagoyamb6?pli=1