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化学

2025.10.14

キラルイオンゲート技術を世界初実証 ――分子対称性によるトポロジカル表面磁性の超省電力制御に成功――

【ポイント】

・キラルなイオン液体を用いたゲートデバイスでトポロジカル強磁性表面の制御を行い、キラリティに由来するドメインの自発偏極を実証しました。

・従来のEDLTはキラリティの無い分子を用いて行われてきましたが、本研究ではEDLTにキラルなイオン性分子を用いる「キラルイオンゲート」を世界で初めて提案・実証しました。

・分子キラリティと磁性の結合をゲートデバイスに取り入れたことにより、省電力スピントロニクス実現に向けた新しい設計指針を与えます。

 

東京大学生産技術研究所の松岡 秀樹 特任助教と金澤 直也 准教授らの研究グループは、名古屋大学大学院理学研究科の須田 理行 教授、京都大学大学院工学研究科の関 修平 教授、東京大学大学院工学系研究科の岩佐 義宏 教授(研究当時)および 同大学国際高等研究所東京カレッジの十倉 好紀 卓越教授と共同で、キラル(注1)な分子構造を持つイオン液体(注2)を用いた二次元磁性表面の制御手法を開発しました。

近年、スピントロニクスにおける新たな潮流として、分子や固体結晶のキラリティ(注1)を活用するキラルスピントロニクスが注目を集めています。本研究では、キラルなイオン液体を電気二重層トランジスタ(EDLT)(注3)のゲート媒質として用いることで、分子のキラル性と電界効果を融合した新たな磁性制御手法「キラルイオンゲート」を提案・実証しました(図1)。具体的には、制御の対象として表面のみ強磁性を示すFeSi(111)エピタキシャル薄膜を用い、アキラルおよびキラルなイオン液体によるEDLT構造を作製し、その磁気輸送特性を比較しました。両デバイスに共通して異常ホール効果(入力電流に垂直な方向に出る磁化に比例した電圧、磁化特性の評価に使う)および保磁力(磁化をゼロにするために必要な磁場の強さ、磁石の強さの評価特性の一つ)の静電的な変調が観測される一方で、キラルなイオン液体を用いた場合に限り、ゼロ磁場下での磁気ドメインの偏極(磁化の向きが特定方向に偏っている状態)が現れることが確認されました。この結果は、分子キラリティによって磁性表面へ実効的な有効磁場が誘起されることを示唆します。キラルイオンゲートは、従来の電界制御にないキラリティ起源の磁気応答を引き出す手法であり、キラルスピントロニクスデバイスへの波及が期待されます。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

(注1)キラル、キラリティ

右手と左手のように、鏡に映した像と元の形が重ならない性質を持つことを「キラルである、キラリティ(対掌性)を持つ」といいます。逆に、鏡に映した像と元の形が重なることを「アキラルである」といいます。キラルな分子は、置換基の順に応じてS体(左旋性)とR体(右旋性)に分けられ、S体とR体が同数混ざっている状態をラセミ体といいます。キラリティは、その対称性の破れに由来して光や電子スピンと相互作用し、エレクトロニクスにおける機能性の源になります。
(注2)イオン液体

プラスのイオン性分子(カチオン)とマイナスのイオン性分子(アニオン)の組み合わせからなり、常温近くで液体の物質です。本研究では、後述する電気二重層トランジスタ(EDLT)における絶縁層として用いています。
(注3)電気二重層トランジスタ(EDLT)

通常のトランジスタ構造においてその絶縁層をイオン液体に置き換えたものです。ゲート電圧をかけると、表面に数ナノメートル以下の電気二重層ができ、非常に大きな静電容量で表面に大量の電荷を一時的に蓄えられます。これにより、材料の表面の性質を低電圧で強く・可逆に調整できます。

 

【論文情報】

雑誌名:Nano Letters

題 名:Electric-field control of two-dimensional ferromagnetic properties by chiral ionic gating

著者名:Hideki Matsuoka*, Amaki Moriyama, Tomohiro Hori, Yoshinori Tokura, Yoshihiro Iwasa, Shu Seki, Masayuki Suda, Naoya Kanazawa

DOI: 10.1021/acs.nanolett.5c03884

URL: https://doi.org/10.1021/acs.nanolett.5c03884

 

【研究代表者】

大学院理学研究科 須田 理行 教授
https://sites.google.com/view/suda-lab