・カゴメ金属では鏡映対称性注1)を破った電子の波紋「カイラル電子干渉注2)」が観測される。
・カイラル電子干渉の起源は、ナノスケールのループ電流相注3)であることを理論的に検証。
・カゴメ金属のループ電流を含む多重量子相注4)や非従来型超伝導注5)の正体が明らかに。
名古屋大学大学院理学研究科の中沢 正剛 博士後期課程学生、山川 洋一 講師、大成 誠一郎 准教授、紺谷 浩 教授は、京都大学基礎物理学研究所の田財 里奈 助教と共に、カゴメ(籠目)格子構造注6)の金属化合物で広く観測された、鏡映対称性を破った電子のナノスケールの定在波「カイラル電子干渉」を解き明かす新原理を発見しました。カイラル電子干渉の起源が、ミクロな回転電流を伴うループ電流相という新規量子相であることを理論的に解明し、カゴメ格子金属の電子状態の本質を明らかにしました。
カゴメ格子金属AV3Sb5(A=Cs,Rb,K)では、幾何学的フラストレーション注7)に由来する多彩な新奇量子相や非従来型超伝導が発見されたことから、現在世界中で注目を集めています。有名な実験事実として、走査型トンネル顕微鏡により相次いで観測された、カイラリティ(右巻き・左巻き)を有するナノスケールの電子の波紋「カイラル電子干渉」があります。興味深いことに、そのカイラリティは微小な磁場により反転します。これは時間反転対称性注8)が破れたループ電流相を強く示唆する実験事実であるため、大いに注目を集めましたが、その理論的根拠は未解明でした。
本研究では、カゴメ金属にわずかに含まれる不純物の存在に着目しました。数千個のV原子から成るカゴメ格子の巨大クラスター模型を導入して、不純物が電子状態にもたらす非自明な影響を理論解析しました。その結果、ループ電流相に実在する0.1%未満の希薄不純物を考慮することで、実験で観測された「カイラル電子干渉」の機構解明に成功しました。本研究は、カゴメ金属の中心的問題であるループ電流相の存在を決定づけると同時に、ループ電流相で実現する非従来型超伝導の謎を解明する鍵としても注目を集めています。
本成果は2025年10月29日付の英国科学誌「Nature Communications」オンラインで公開されました。
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注1)鏡映対称性:
ある鏡映面を境に空間を反転させる操作のことを鏡映操作と呼ぶ。適当な鏡映操作により元に戻る状態のことを、鏡映対称性を持つという。すべての鏡映対称性が破れた状態は、カイラリティを持つと表現される。
注2)カイラル電子干渉:
STM等で観測される電子状態密度の実空間分布p(ri)の変調成分のフーリエ変換から、電子干渉の強度I(q)が求まる。p(ri)がカイラリティを持つ時、I(q)も運動量空間でカイラリティを持ち、カイラル電子干渉と呼ばれる。
注3)ループ電流相:
電子相関によって電子の飛び移り積分が位相を持つとき、時間反転対称性が破れて、ナノスケールのループ電流が流れる。F.D.M. Haldaneによりハニカム格子に対して導入され、その後銅酸化物超伝導体において長年精力的に研究されてきたが、最近カゴメ金属において有力な実験的観測が報告されている。
注4)量子相:
電子相関の強い金属電子系では、磁気秩序や電荷秩序、超伝導などの豊かな相転移(自発的対称性の破れ)が発現する。電子の量子性が重要な役割を果たすことから量子相と呼ばれる。
注5)非従来型超伝導:
電子・格子相互作用を電子対起源とするBardeen-Cooper-Schrieffer(BCS)型超伝導は、従来型超伝導と呼ばれる。一方で、電子間相互作用を電子対起源とする非従来型超伝導では、非s波超伝導や高温超伝導など、バラエティーに富む超伝導現象が発現し、物性物理における中心的課題である。
注6)カゴメ(籠目)格子構造:
竹籠の網目模様に類似した2次元格子構造(図1)。カゴメ格子金属の強い幾何学フラストレーションにより、単純なスピン秩序や電荷秩序が抑制される。このためカゴメ格子金属では電子相関が強い金属領域が安定化し、新奇な金属量子相の舞台となる。
注7)幾何学フラストレーション:
カゴメ格子が有する三角形構造は、電子の磁気秩序や電荷秩序を著しく抑制する効果があり、幾何学フラストレーションと呼ばれる。
注8)時間反転対称性:
時刻の向きを逆転(t→-t)させる操作のことを時間反転と呼ぶ。時間反転により元に戻る状態のことを、時間反転対称性を持つという。ループ電流秩序は時間反転により回転方向が変わるため、時間反転対称性を破っている。
雑誌名:Nature Communications誌
論文タイトル: Origin of switchable quasiparticle-interference chirality in loop-current phase of kagome metals measured by scanning-tunneling-microscopy
著者:中沢正剛(名古屋大学)、田財里奈(京都大学)、山川洋一(名古屋大学)、大成誠一郎(名古屋大学)、紺谷浩(名古屋大学)
DOI:10.1038/s41467-025-64588-4
URL:https://doi.org/10.1038/s41467-025-64588-4
大学院理学研究科 紺谷 浩 教授, 主著者 中沢 正剛(博士後期課程学生)
https://www.s.phys.nagoya-u.ac.jp/