・キャップ構造注1)の有無によらず、効率的な翻訳を可能にする化学修飾mRNAを創出。
・コドン注2)1塩基目への選択的化学修飾により、翻訳活性を維持したまま安定性を飛躍的に向上させる設計指針を提示。
・完全化学合成を基盤とした精密化学修飾による高活性化という、mRNA医薬の応用範囲を大きく広げうる新規アプローチを提唱。
名古屋大学大学院理学研究科の阿部 洋 教授、木村 康明 准教授らの研究グループは、協和キリン株式会社の山本 潤一郎 マネージャー、岩井 宏徒 主任研究員らとの共同研究で、次世代医薬として期待されるmRNA医薬の性能向上を目指し、化学合成技術を基盤とした新しい分子設計戦略を開発しました。mRNA医薬は生体内での不安定さや翻訳活性の低さが課題でした。本研究ではmRNAの特定の位置に化学修飾を精密に導入することでこれらの課題解決に取り組みました。特に、タンパク質をコードする領域(ORF注3))内の各コドンの1番目のリボ核酸(RNA)注4)に2'-フルオロ(2'-F)修飾注5)を施すことが、翻訳活性を損なうことなくmRNAの安定性を顕著に高めること、さらに5'-非翻訳領域(5'-UTR)注6)やポリAテール注7)への適切な化学修飾との組み合わせが、持続的かつ効率的な翻訳を可能にすることを発見しました。この化学修飾mRNAは細胞実験において、既存の酵素合成法で調製されたmRNAを大幅に上回る優れた翻訳活性と安定性を示しました。また、精密化学修飾されたmRNAは、キャップ非依存的な翻訳開始を起こすことを見出しました。本成果は、より効果的で安全なmRNA医薬の創出に貢献する重要な基盤技術となることが期待されます。
本研究成果は、2025年11月19日19時(日本時間)付 国際科学雑誌『Nature Communications』に掲載されました。
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注1)キャップ構造:
mRNAの5'端につく特殊な化学構造で、分解から保護すると同時に翻訳の開始を助ける役割がある。
注2)コドン:
mRNA上でタンパク質を構成するアミノ酸を指定する3つの塩基の並び。
注3)ORF:
mRNA上で実際にタンパク質の配列を決める部分。Open Reading Frameの略語。
注4)リボ核酸(RNA):
DNA(デオキシリボ核酸)とともに遺伝情報を担う核酸の一種。糖部分がリボースであるもの。
注5)2'-フルオロ(2'-F)修飾:
リボースの2'位の水酸基がフッ素原子に置き換わった化学修飾。核酸分解酵素に対する抵抗性を高める効果がある。
注6)5'-非翻訳領域(5'-UTR):
mRNAの5'末端に位置し、タンパク質には翻訳されないが、翻訳効率の調節などに関わる領域。
注7)ポリAテール:
mRNAの3'末端に付加されるアデニン(A)が連続した配列。mRNAの安定化や翻訳効率の向上に関与する。
雑誌名: Nature Communications
論文タイトル: Position-Specific ORF Nucleoside-Ribose Modifications Enabled by Complete Chemical Synthesis Enhance mRNA Stability and Translation
著者: 岩井宏徒(協和キリン株式会社)、木村康明*(名古屋大学)、本間正一(協和キリン株式会社)、中本航介(名古屋大学、研究当時)、橋本淳志(協和キリン株式会社)、本澤慶一(協和キリン株式会社)、愛宕孝之(協和キリン株式会社)、浅野奏(協和キリン株式会社)、橋谷文貴(名古屋大学)、阿部奈保子(名古屋大学)、小林敬子(協和キリン株式会社)、荻巣亮子(名古屋大学)、山田浩貴(協和キリン株式会社)、平石敬子(協和キリン株式会社)、斎藤誠嗣(協和キリン株式会社)、山本潤一郎*(協和キリン株式会社)、阿部洋*(名古屋大学) (*は責任著者)
DOI:10.1038/s41467-025-65788-8
URL:https://doi.org/10.1038/s41467-025-65788-8