・植物は、葉脈の中のごく限られた細胞を使って、季節の変化を認識し、開花のタイミングを調節しているが、それら細胞の詳細な特徴はよく分かっていなかった。
・これまで困難であった葉脈の中の細胞に特化した1細胞遺伝子発現解析法を開発し、開花を制御する細胞の特徴の詳細を明らかにした。
・開花のタイミングは、農業生産性に大きく影響することから、今後は優良な作物品種開発に応用されることが期待される。
名古屋大学高等研究院の高木 紘 YLC 特任助教(兼 生物機能開発利用研究センター特任助教)とワシントン大学 今泉 貴登 教授(元 名古屋大学客員教授)らの研究グループは、名古屋大学遺伝子実験施設の多田 安臣 教授、トランスフォーマティブ生命分子研究所の栗原 大輔 特任准教授、佐藤 良勝 特任准教授、生命農学研究科 木羽隆敏 准教授(現 岡山大学教授)らと共同で、花を咲かせる植物細胞の特徴を詳細に明らかにしました。
植物は、気温や日の長さなど、季節を知らせる環境情報を常にモニターし、最適なタイミングで花を咲かせます。これは、次世代の生存確率を最大限高めるために重要です。また、開花のタイミングは農業生産性に最も大きく影響する形質の一つであり、私たちの日々の生活とも深く関係しています。しかし、植物がどのように季節の変化を認識し、開花を制御しているのか、まだ不明な点が多く残されています。
今回、研究チームは、植物の開花のタイミングを制御する篩部伴細胞(しぶはんさいぼう)注1)とよばれる細胞に着目しました。篩部伴細胞は、光合成産物であるショ糖の輸送などに寄与していますが、一部の伴細胞は季節に応じて「フロリゲン注2)」と呼ばれる開花を誘導する小さなタンパク質を作り、植物に花を咲かせます。つまり、植物の開花制御を理解したければ、フロリゲンを作る篩部伴細胞がどのような特徴を持つ細胞であるのか、詳細に理解することがとても重要なのです。しかし、篩部伴細胞は葉脈の中に強く埋め込まれた細胞であり、物理的に単離することが大変困難でした。
そこで、研究チームはフロリゲンを作る篩部伴細胞の核を蛍光タンパク質で標識し、それをセルソーター注3)と呼ばれる機械で単離する方法を独自に確立しました。また、個々の核の遺伝子発現解析(シングル核RNA-seq解析注4))に成功し、謎多きフロリゲン産生細胞の特徴を高い解像度で明らかにしました。この細胞は「生体エネルギー通貨」とも呼ばれるATP注5)を積極的に作り出しており、これをエネルギー源にして物質輸送を積極的に行っていることが示唆されました。また、フロリゲン以外の小さなタンパク質を多く作り出しており、その中には開花のブレーキ役を担う「アンチフロリゲン注6)」も存在していたことから、環境に応じてフロリゲンとアンチフロリゲンのバランスを変化させ、開花のタイミングを調整している可能性が考えられました。さらに詳細なデータ解析から、窒素栄養状態によって活性を変化させる転写因子が、フロリゲンの遺伝子発現を調整していることを見出しました。窒素栄養が開花を抑制することは、農業の現場でよく知られる現象でしたが、その分子メカニズムはほとんど明らかにされておらず、今回その一端が明らかになったのです。
開花のタイミングは、農業生産性に大きく影響する形質であり、地球温暖化が進み食料の安全保証が脅かされる今日においてより重要性を増しています。本研究の知見が今後、優良な作物品種の開発に応用されていくことが期待されます。
本研究成果は、正規の査読を経て、2025年10月30日付英国科学雑誌『eLife』に掲載されました。
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注1) 篩部伴細胞(しぶはんさいぼう):
光合成産物などを輸送する篩管の周辺に存在する細胞質に富んだ細胞。篩部伴細胞は光合成で産生されるショ糖や他の成長に必要な低分子の篩管への積み込みを行う。一部の篩部伴細胞はFT注7)を産生し、季節応答に関与している。
注2) フロリゲン
開花を誘導する移動性の分子。茎頂へと輸送され、花芽分化を促進する。
注3) セルソーター
細胞から発せられる蛍光を指標に、細胞を仕分ける機械。
注4) シングル核RNA-seq
個別の細胞の遺伝子発現を測定するシングルセルRNA-seqを、細胞の代わりに核を用いて行う解析。本研究では、個々の細胞を油滴に閉じ込め、ライブラリー調節を行う10x Genomics社のキットを採用した。
注5) ATP
アデノシン三リン酸。「生体エネルギー通貨」とも呼ばれる細胞の活動エネルギーの源。
注6) アンチフロリゲン
フロリゲンと似た構造を持つが、フロリゲンと拮抗することで花芽分化を遅らせる因子。
注7) FLOWERING LOCUS T (FT)
開花を誘導する移動性のシグナル分子。フロリゲンの分子実体。ホスファチジルエタノールアミン結合タンパク質ファミリーに属するわずか20 kDaの小さなタンパク質
雑誌名:eLife
論文タイトル:Companion cells with high florigen production express other small proteins and reveal a nitrogen-sensitive FT repressor
著者:*高木 紘、伊藤照悟、Jae Sung、久保田茜、Andrew K Hempton、Nayoung Lee、鈴木孝征、Jared S Wong、Chansie Yang、Christine T Nolan、Kerry L Bubb、Cristina M Alexandre、*栗原大輔、*佐藤良勝、*木羽隆敏、Jose L Pruneda-Paz、Christine Quietsch、Josh T Cuperus、今泉貴登 (*本学関係者)
DOI:10.7554/eLife.102529.3
URL:https://doi.org/10.7554/eLife.102529.3