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生物学

2025.12.05

C型肝炎ウイルスはヒトの翻訳開始因子を巧妙に利用する -翻訳開始因子eIF3が翻訳開始後も働くことを示す新構造-

【ポイント】

理化学研究所(理研)生命医科学研究センター翻訳構造解析研究チームの伊藤拓宏チームディレクター(生命機能科学研究センター構造生命科学/細胞生物学連携チーム上級研究員)、岩崎わかな専任研究員、柏木一宏研究員、プロテオーム恒常性研究ユニットの今見考志ユニットリーダー、開拓研究所岩崎RNAシステム生化学研究室の岩崎信太郎主任研究員、七野悠一上級研究員(研究当時、現客員研究員、筑波大学医学医療系教授)、兵庫県立大学大学院工学研究科の今高寛晃教授、町田幸大准教授、名古屋大学大学院理学研究科の松本有樹修教授らの共同研究グループは、C型肝炎ウイルス(HCV)[1]が、ヒトの翻訳開始因子eIF3[2]を利用してウイルスタンパク質を効率的に産生させる構造的な仕組みを明らかにしました。
本研究成果は、タンパク質合成におけるeIF3の多彩な機能の理解につながり、新たな抗ウイルス薬の開発などに貢献すると期待されます。
ウイルスは、宿主(感染細胞)の翻訳装置リボソーム[3]を使って、ウイルスの複製に必要なタンパク質を合成させます。HCVはRNAゲノム[1]の最上流にある「IRES[4]」と呼ばれる領域で宿主の翻訳開始因子eIF3と結合し、宿主リボソームを乗っ取りますが、eIF3との結合様式や作用についての詳細は不明でした。
 今回、共同研究グループは、HCV IRESとヒトeIF3、ヒトリボソームの複合体の立体構造をクライオ電子顕微鏡[5]により明らかにしました。さらに、eIF3が翻訳の開始だけでなく、その後の伸長反応などにも働くことを示唆する新たな構造を得ました。
 本研究は、科学雑誌『Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(PNAS)』オンライン版(12月3日付)に掲載されました。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

[1] C型肝炎ウイルス(HCV)、RNAゲノム
C型肝炎ウイルスは1本鎖RNAウイルスで、約9.6kb(kb:1,000塩基対)のゲノム(RNAゲノム)が三つの構造タンパク質(ウイルスの形を形成する部品)と七つの非構造タンパク質(ウイルスが増殖するために必要なタンパク質)をコードしている。通常、ヒトとチンパンジーにしか感染することができず、毎年の新規感染患者数は、全世界で約100万人と推定されている(WHO: https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/hepatitis-c)。HCVはhepatitis C virusの略。

[2] 翻訳開始因子eIF3
細胞内でタンパク質の合成(翻訳)を行うリボソームが、合成を開始する際に協調的に働くタンパク質を翻訳開始因子と呼び、さまざまな種類(翻訳開始因子群)が存在する。真核生物の翻訳開始因子は真核生物型開始因子(eukaryotic initiation factor: eIF)と呼ばれる。eIF3は、コアと呼ばれる8個のサブユニット群と、それ以外の5個のサブユニット群から成る、最も大きな翻訳開始因子。

[3] リボソーム、開始tRNA
リボソームは、mRNAにコードされた遺伝子情報を、タンパク質を構成するアミノ酸の配列へと「翻訳」する、細胞内のタンパク質合成工場。複雑に折り畳まれたRNAと、多数のタンパク質から構成される巨大なRNA・タンパク質複合体。大サブユニットと小サブユニットの二つのサブユニットから構成され、真核生物の場合はそれぞれ大サブユニット(60S)と小サブユニット(40S)と呼ばれる。翻訳開始用のメチオニンを運ぶtRNA(開始tRNA)は、小サブユニット(40S)に結合する。

[4] IRES、ヘアピン構造
通常、真核生物において翻訳が開始される際は、mRNAの5'末端のキャップ([6]参照)構造を翻訳開始因子が認識し、mRNAをリボソームへ運び込む。一方、一部のRNAウイルスなどは、キャップの代わりにIRES(Internal Ribosome Entry Site)と呼ばれる特殊なRNA配列を持つ。IRESにおいては、塩基同士(アデニン(A)とウラシル(U)、シトシン(C)とグアニン(G))がさまざまなパターンで水素結合したユニット(水素結合の組み方の違いにより、ヘアピン構造やシュードノット構造などと呼ばれる)が組み合わさり、複雑な立体構造を形成する。IRESの立体構造は機能を高めるために進化してきたと考えられ、通常のキャップ付きmRNAに比べて少数の翻訳開始因子しか必要とせずに、リボソームに結合して翻訳を開始させることができる。

[5] クライオ電子顕微鏡
生体試料を液体エタンにより急速凍結し、ガラス状の氷に閉じ込め、透過型電子顕微鏡を用いて直接観察する手法。画像処理技術を駆使することで、リボソームなどの超分子複合体や、タンパク質複合体の3次元立体構造を得ることができる。

 

【論文情報】

<タイトル>
Structural Insights into the Role of eIF3 in Translation Mediated by the HCV IRES
<著者名>
Wakana Iwasaki, Kazuhiro Kashiwagi, Ayako Sakamoto, Madoka Nishimoto, Mari Takahashi, Kodai Machida, Hiroaki Imataka, Akinobu Matsumoto, Yuichi Shichino, Shintaro Iwasaki, Koshi Imami, and Takuhiro Ito
<雑誌>
Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(PNAS)
<DOI>
10.1073/pnas.2505538122

https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2505538122

 

【研究代表者】

大学院理学研究科 松本 有樹修 教授
http://ger.sub.jp/index.html