・血清中細胞外小胞*1(EV)のプロテオミクス解析*2と胎盤組織トランスクリプトーム解析*3を統合し、早発型妊娠高血圧腎症*4(Eo-PE)病態関連EVタンパク質としてLIMCH1*5を同定
・LIMCH1搭載EVが血管内皮*6の透過性を亢進(こうしん)させることを明らかにし、Eo-PEにおける血管内皮障害の新たな病態メカニズムを解明
・Eo-PE重症化予測のバイオマーカー開発や、新規治療戦略創出につながる可能性を示唆
名古屋大学医学部附属病院産科婦人科の松尾聖子 病院助教、横井暁 講師(同大学高等研究院兼務)、梶山広明 教授、小谷友美 病院教授(研究当時、現 浜松医科大学附属病院産婦人科 教授)らの研究グループは、早発型妊娠高血圧腎症(early-onset preeclampsia:Eo-PE)における血管内皮障害のメカニズムとして、LIMCH1(LIM and calponin homology domain-containing protein 1)搭載細胞外小胞(extracellular vesicles:EV)による血管透過性亢進を明らかにしました。
Eo-PEは、母児の生命を脅かす重篤な妊娠合併症です。母体では、高血圧のみならず全身の血管内皮障害を呈し、重症化すると肺水腫*7などの致死的合併症を引き起こします。しかし、その詳細なメカニズムは十分に解明されておらず、分娩(ぶんべん)以外に根本的な治療法が確立されていません。EVは、ヒトのあらゆる体液中に存在し、細胞間コミュニケーションを担う重要な因子として注目されています。今回、胎盤が産生するEVが、母体血管内皮に障害を与えるという仮説に基づき、研究を行いました。
本研究では、血清EVプロテオミクス解析と胎盤RNAシークエンシング解析を統合することで、Eo-PEに関連するEVタンパク質として、LIMCH1を新たに同定しました。LIMCH1はEo-PE胎盤、特に母体循環へEVを放出する合胞体栄養膜細胞*8で高発現しており、LIMCH1を搭載した胎盤由来EVがEo-PE妊婦の血清中で増加していることを示しました。さらに、LIMCH1搭載EVは血管内皮細胞のタイトジャンクション*9タンパク質ZO-1*10発現を低下させ、血管透過性を亢進させることをin vitroおよびin vivoの実験により明らかにしました。本成果は、Eo-PEでみられる全身浮腫や肺水腫といった重篤な合併症の発症機序を説明する新たな知見であり、重症化リスクを評価する新規バイオマーカーの開発やEVを標的とした新しい治療戦略の創出につながる可能性があり、今後の周産期医療の発展への貢献が期待されます。
本研究成果は、2026年1月28日付(日本時間1月29日)学術雑誌『Science Advances』の電子版に掲載されました。
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*1)細胞外小胞:すべての生細胞が放出する直径40~1000nm(ナノメートル;ナノは10億分の1を意味する)の小胞体です。タンパク質や核酸を運び、他の細胞に情報を伝達する役割を担っています。血流に乗って体内を循環し、病気の発症や進行に関与することが知られています。膜につつまれており、内部のタンパク質や核酸が安定して存在するため、バイオマーカー研究領域でも注目されています。
*2)プロテオミクス解析:細胞や組織、体液に含まれる多数のタンパク質を一度に網羅的に解析し、その種類や量の変化を調べる研究手法です。病気の原因解明や新しい診断マーカーの探索に用いられます。今回は、正常妊婦とEo-PE妊婦の血清からEVを抽出し、含まれるタンパク質の違いを検討するために用いました。
*3)トランスクリプトーム解析:細胞内でどの遺伝子がどの程度変化しているかを、RNAの情報をもとに網羅的に解析する手法です。今回は、コントロールEVとLIMCH1搭載EVを添加したヒト臍帯(さいたい)静脈内皮細胞におけるRNAの違いを検討するために用いました。
*4)早発型妊娠高血圧腎症:妊娠34週未満に発症する妊娠高血圧腎症で、高血圧や蛋白尿、全身の臓器障害を引き起こし、母体および胎児の生命を脅かす可能性のある重篤な妊娠合併症です。
*5)LIMCH1:細胞の骨格や収縮に関与すると考えられているタンパク質の一つです。本研究では、Eo-PEにおいて、LIMCH1を含む細胞外小胞が血管内皮障害に関与する可能性が示されました。
*6)血管内皮:血管の内側を一層でおおう細胞の層で、血液中の物質や水分が血管外へ移動する量を調節する働きを担う。機能が障害されると、血管から水分が漏れ出し、全身浮腫や肺水腫などの原因となる。
*7)肺水腫:血管から水分が漏れ出し、肺に水がたまる状態です。酸素化が保てなくなり、重症化すると命にかかわることがあります。
*8)合胞体栄養膜細胞:胎盤を構成する重要な細胞で、絨毛の最外層に存在します。母体と胎児を隔てるバリアとして働くとともに、酸素や栄養の受け渡しを担っています。
*9)タイトジャンクション:隣り合う細胞同士を密着させる構造で、血管内皮のバリア機能を維持し、体内の液体が漏れ出さないように働いています。
*10)ZO-1:タイトジャンクションを構成する重要なタンパク質の一つで、細胞同士の結合を安定させ、血管の透過性を制御する役割を担っています。
雑誌名:Science Advances
論文タイトル:LIMCH1-enriched extracellular vesicles promote vascular permeability in early-onset preeclampsia
著者名・所属名:
Seiko Matsuo1, Akira Yokoi1-3*, Takafumi Ushida1,4, Kosuke Yoshida1,2, Hironori Suzuki1,5, Masami Kitagawa1, Eri Asano-Inami1, Hiroaki Yamada1,6, Rika Miki7,8, Sho Tano1, Kenji Imai1,9, Ichiro Nagata10, Shota Kawaguchi11, Takao Yasui11,12, Yusuke Yamamoto5, Hiroaki Kajiyama1, Tomomi Kotani13
1. Department of Obstetrics and Gynecology, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Japan
2. Nagoya University Institute for Advanced Research, Nagoya, Japan
3. Japan Science and Technology Agency (JST), FOREST, Japan
4. Division of Reproduction and Perinatology, Center for Maternal-Neonatal Care, Nagoya University Hospital, Nagoya, Japan
5. Laboratory of Integrative Oncology, National Cancer Center Research Institute, Tokyo, Japan
6. Department of Obstetrics and Gynecology, Kurume University School of Medicine, Kurume, Japan
7. Maternal Fetal Health Laboratory, Research Institute, Nozaki Tokushukai Hospital, Daito, Osaka, Japan.
8. Bell Research Center for Reproductive Health and Cancer, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Japan.
9. Department of Obstetrics and Gynecology, Japanese Red Cross Aichi Medical Center Nagoya Daini Hospital, Nagoya, Japan.
10. Shin Nippon Biomedical Laboratories, Ltd., Kagoshima, Japan.
11. Department of Life Science and Technology, Institute of Science Tokyo, Nagatsuta 4259, Midori-ku, Yokohama 226-8501, Japan.
12. Research Institute for Quantum and Chemical Innovation, Institutes of Innovation for Future Society, Nagoya University, Furo-cho, Chikusa-ku, Nagoya 464-8603, Japan.
13. Department of Obstetrics and Gynecology, Hamamatsu University School of Medicine, Hamamatsu, Japan.
DOI: 10.1126/sciadv.aeb8806
URL: https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.aeb8806
English ver.
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_E/research/pdf/Sci_260129en.pdf