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生物学

2026.05.19

植物が過酸化水素シグナルを感知する仕組みを解明~銅イオンに依存した新たな酸化還元状態の感知機構~

【ポイント】

・植物における過酸化水素シグナルの感知に必須な細胞膜受容体CARD1の細胞外領域の立体構造を、クライオ電子顕微鏡注1)を用いて決定した。
・CARD1は、ロイシンリッチリピートドメイン上の高度に保存された3つのヒスチジン残基注2)を利用して銅イオンを保持していた。
・CARD1が保持する銅イオンが、過酸化水素の感知に必須であることを明らかにした。

 

名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)のAnuphon Laohavisit(ラオハビシット アヌポン) 特任准教授、藤本 和宏 准教授、柳井 毅 教授、東海国立大学機構イノベーションコアファシリティセンターの伊藤 広樹 技師、西村 真弓 技師、理化学研究所 環境資源科学研究センターの石濱 伸明 研究員、白須 賢 副センター長、大阪大学 大学院薬学研究科の福田 庸太 助教、井上 豪 教授らの共同研究グループは、植物が重要なシグナル分子である過酸化水素(H₂O₂)を感知する新たな仕組みを解明しました。
H₂O₂に代表される活性酸素種(ROS)注3)は、植物を含む多様な生物において重要なシグナル分子として機能します。植物では、ロイシンリッチリピート(LRR)受容体様キナーゼ注4)をコードするCARD1(別名HPCA1)が、H₂O₂の感知に必須な遺伝子として同定されています。しかしながら、CARD1がH₂O₂を感知する仕組みには多くの謎が残されていました。今回、共同研究グループは、構造生物学、遺伝学および生化学的手法を組み合わせてその解明に取り組み、CARD1細胞外領域のLRRドメイン上に結合した銅イオンが、H₂O₂の感知に必須であることを明らかにしました。本成果は、植物におけるROS認識機構の理解を大きく前進させるとともに、新たな作物保護技術の開発にも貢献することが期待されます。
本研究成果は、2026年5月18日18時(日本時間)付で英国科学誌『Nature Communications』に掲載されました。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

注1)クライオ電子顕微鏡:
生体試料を凍結し、極低温下で電子線を照射して3次元構造を撮影、解析する電子顕微鏡。通常の電子顕微鏡と比較して、より生体内に近い構造を観察できる。
注2)ヒスチジン残基:
タンパク質を構成するアミノ酸の一つであるヒスチジンが、タンパク質中に組み込まれた状態を指す。ヒスチジンは窒素原子を有するイミダゾール環をもち、金属イオンと結合(配位)しやすい性質を有する。CARD1においては、ヒスチジン残基のイミダゾール環の窒素原子が銅イオンに対して三角平面型で結合している。
注3)活性酸素種:
活性酸素種(Reactive Oxygen Species; ROS)とは、酸素から生じる反応性の高い分子の総称で、H₂O₂、スーパーオキシド(O₂-)、ヒドロキシルラジカル(・OH)などが知られる。植物では、病原体の侵入や環境ストレスに応答して細胞外でROSが産生され、細胞応答を誘導する重要なシグナル分子として機能する。一方で、過剰なROSは生体分子を損傷し、細胞に障害を与えるため、その量は厳密に制御される。
注4)ロイシンリッチリピート(LRR)受容体様キナーゼ:
細胞表面に存在する植物特異的な受容体様タンパク質の一種。細胞外にロイシンリッチリピート(LRR)と呼ばれる繰り返し構造をもち、この領域で特定の分子(リガンド)を認識する。細胞内にはキナーゼ(リン酸化酵素)ドメインを有し、タンパク質のリン酸化を介して細胞内にシグナルを伝達する。

 

【論文情報】

雑誌名:Nature Communications
論文タイトル: A copper-dependent, redox-based hydrogen peroxide perception in plants
著者:Nobuaki Ishihama†, Yohta Fukuda†, Yumiko Shirano, Kazuhiro J. Fujimoto, Kaori Takizawa, Ryoko Hiroyama, Hiroki Ito, Mayumi Nishimura, Takeshi Yanai, Tsuyoshi Inoue, Ken Shirasu, Anuphon Laohavisit*
(石濱伸明†, 福田庸太†, 白野由美子, 藤本和宏, 瀧澤 香, 廣山涼子, 伊藤広樹, 西村真弓, 柳井 毅, 井上 豪, 白須 賢, ラオハビシット・アヌポン*) †は共同第一著者 *は責任著者

 

DOI:10.1038/s41467-026-72573-8
URL:https://www.nature.com/articles/s41467-026-72573-8

 

※【WPI-ITbMについて】http://www.itbm.nagoya-u.ac.jp
名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(ITbM)は、2012年に文部科学省の世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)の1つとして採択されました。
ITbMでは、精緻にデザインされた機能をもつ分子(化合物)を用いて、これまで明らかにされていなかった生命機能の解明を目指すと共に、化学者と生物学者が隣り合わせになって融合研究をおこなうミックス・ラボ、ミックス・オフィスで化学と生物学の融合領域研究を展開しています。「ミックス」をキーワードに、人々の思考、生活、行動を劇的に変えるトランスフォーマティブ分子の発見と開発をおこない、社会が直面する環境問題、食料問題、医療技術の発展といったさまざまな課題に取り組んでいます。これまで10年間の取り組みが高く評価され、世界トップレベルの極めて高い研究水準と優れた研究環境にある研究拠点「WPIアカデミー」のメンバーに認定されました。

 

【研究代表者】

トランスフォーマティブ生命分子研究所 Anuphon Laohavisit(ラオハビシット アヌポン) 特任准教授
https://www.itbm.nagoya-u.ac.jp/ja/