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生物学

2026.07.13

「動くDNA」の遺伝子発現調節スイッチ機能を発見~リポ多糖投与の解析から機序解明、ヒトの細菌感染反応の理解へ〜

【ポイント】

・バクテリアの細胞壁成分であるリポ多糖(LPS)注1)をヒトの免疫細胞(単球注2))に与えると、遺伝子をオンにするスイッチ(エンハンサー注3))が活性化するが、その時にAlu注4)と呼ばれるレトロトランスポゾン注5)が関わることを発見した。
・Aluはヒトゲノムに約120万コピーあるが、その共通配列の中にMEF2と呼ばれる転写因子の結合配列が含まれており、進化の過程でAluがヒトゲノム内にMEF2結合部位を増やしてきたことが分かった。
・Aluを含むエンハンサーが制御している遺伝子群を調べると、LPS投与直後は急性の炎症応答注6)に関わる遺伝子群が含まれ、1日後には免疫寛容注7)などに関わる遺伝子が多く含まれており、AluがヒトのLPS刺激応答に深く関わっていることが明らかになった。

 

名古屋大学大学院生命農学研究科の潘 永昊(パン ヨンハオ) 博士後期課程学生、一柳 健司 教授の研究グループは、ヒトの単球にリポ多糖(LPS)を与えた後のエピゲノム変化を解析し、LPS応答に伴う遺伝子発現制御にレトロトランスポゾンAluが重要な役割を果たしていることを明らかにしました
マウスに比べてAluは霊長類に特異的なレトロトランスポゾンであり、ヒトゲノムの約11%を占め、合計で約120万コピーが散在しています。近年、これらの配列が遺伝子発現制御やクロマチン高次構造に関わることが分かりつつありますが、免疫応答における役割については明らかになっていませんでした。本研究では、ヒト単球にバクテリアのLPSを投与した1時間後および24時間後のエピゲノム状態を解析した公共データを再解析し、多くのAlu配列がエンハンサーの活性化に関わっていることを明らかにしました。そのメカニズムを探っていくとAlu配列にはLPS応答に関わる転写因子であるMEF2の結合配列が含まれることが分かりました。転移によってAluが増幅するたびにMEF2結合配列も増え、そのようにゲノムにばら撒かれた配列がうまく宿主に利用されてきたというヒト進化の過程が見えてきました。一方、マウスの細胞をLPS処理した実験では、同型のレトロトランスポゾン(B1やB2)による遺伝子発現の活性化は限定的でした。
本成果は、ヒトの免疫応答における遺伝子発現制御機構の成り立ちについて、レトロトランスポゾンによるエピゲノム応答という新たな視点をもたらし、さらに、なぜヒトがマウスよりもLPSに敏感であるかを理解する一助になると期待されます。本研究成果は、2026年7月10日に国際学術「Epigenetics and Chromatin」に早期オンライン版として公開されました。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

注1)リポ多糖(LPS):
脂質と多糖からなる化合物で、グラム陰性菌の外膜に存在し、宿主の免疫細胞は受容体を介して、感染を認識し、免疫応答を開始する。
注2)単球:
白血球の一種でマクロファージや樹状細胞などの免疫細胞に分化する能力を持つ。
注3)エンハンサー:
特定の遺伝子の発現をゲノムの離れた場所から活性化する能力を持つ配列。活性化、不活性化は転写因子の結合・解離に加え、ヒストンの化学修飾などのエピジェネティックな制御を受けている。
注4)Alu:
霊長類に特異的なレトロトランスポゾンの一種。SINEと呼ばれるグループに属する。ヒトゲノムには約120万コピーが散在している。遺伝子が多いゲノム領域に多く、遺伝子発現制御との関連が注目されている。
注5)レトロトランスポゾン:
転移性の塩基配列の一種。一度、転写によってDNA配列がRNA配列にコピーされ、それが逆転写によってDNA配列となって、ゲノムの別の場所に挿入されて増殖する。ヒトゲノムには総計400万コピーを超え、Aluはその代表的な例である。
注6)炎症応答:
生体が微生物感染や外傷などの刺激を受けた時に起こる反応で、マクロファージ、樹状細胞などの免疫細胞によって行われる。LPSなどを受容することで一連の反応カスケードが開始し、多くの遺伝子発現変化を伴う。
注7)免疫寛容:
免疫反応が続くことで、逆に特定の異物への免疫が起きにくくなること。過剰な炎症を防ぐ効果も持つ。

 

【論文情報】

雑誌名:Epigenetics and Chromatin
論文タイトル:Human Alu loci gain enhancer-type epigenetic modifications in monocytes during response to bacterial LPS
著者:Yonghao Pan and Kenji Ichiyanagi
DOI:10.1186/s13072-026-00686-x
URL: https://link.springer.com/article/10.1186/s13072-026-00686-x

 

【研究代表者】

大学院生命農学研究科 一柳 健司 教授
http://nuagr2.agr.nagoya-u.ac.jp/~ged/index.html