大強度陽子加速器施設J-PARC (※1) 物質・生命科学実験施設(MLF)に新たに整備したミュオン加速専用の実験エリア(ミュオンH2エリア※2)において、ミュオンを運動エネルギー4 MeVから25 meV(約1億6000万分の1)まで冷却後、0.3 MeV(光速の約8%)まで加速することに成功しました。2024年の世界初のミュオン加速の実証と比べ、3倍のエネルギーと200倍の強度(約10ミュオン/秒)を達成しました。世界で唯一のミュオン加速器の稼働に向けた重要な一歩となります。
ミュオン(分野によってはミューオン;一定の表記はない)は電子に似た素粒子です。加速器で人工的につくられるミュオンは、物質科学や素粒子物理学の研究のほか、大型構造物の透視など、さまざまな分野で活用されています。しかし、加速器施設でつくられる通常のミュオンビームは向きや速さがそろっておらず、そのままでは加速することができません。
J-PARCセンター、KEK、日本原子力研究開発機構、岡山大学、名古屋大学、九州大学、茨城大学、新潟大学の研究グループは、ミュオンをいったんほぼ停止状態まで冷却したのちに高周波加速空洞で加速する方法により、世界で初めてミュオンの冷却(※3)・加速の実証に成功しました(2024年5月17日プレスリリース「世界初、素粒子ミュオンの冷却・加速に成功」)。この成果は米国物理学会誌Physical Review Lettersの表紙を飾り、同誌の2025年注目論文集に選出されるなど、国際的にも高い評価を受けています。
今回、J-PARCセンター、KEK、日本原子力研究開発機構、東京大学、名古屋大学、理化学研究所の研究グループは、ミュオンg-2/EDM実験(※4、※5)や透過型ミュオン顕微鏡、人工・可搬ミュオンビームのコア技術開発等を行うためにMLFに新たに整備された専用ミュオンビームライン(Hライン)の実験エリア(H2エリア)において、ミュオンの冷却と高周波加速の実験を2026年6月に実施しました。その結果、ミュオンを運動エネルギー0.3 MeV (光速の約8%)まで加速することに成功しました。2024年の実証実験(0.1 MeV、毎秒0.05個)と比べて、3倍のエネルギーと200倍の強度(毎秒約10個)を、本来の実験を行う実験エリアで達成したことになります。
本来の実験を行う実験エリアで得られた成果であり、ミュオン加速の「実証」の段階から、実験に使うビームをつくる「実装」の段階へと研究が大きく前進しました。世界で唯一のミュオン加速器の稼働に向けた重要な一歩といえます。今後、2027〜28年頃に4 MeV(光速の約30%)までの加速を目指し、将来の人工・可搬ミュオンビームの実現に向けた基幹技術を確立するとともに、最終的にはさらに高いエネルギー(200 MeV以上、光速の約90%以上)まで加速し、ミュオンg-2やEDMの超精密測定による素粒子標準理論の高精度検証や透過型ミュオン顕微鏡による物質科学・工学応用研究を行う計画です。
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※1.大強度陽子加速器施設(J-PARC)
高エネルギー加速器研究機構(KEK)と日本原子力研究開発機構が茨城県東海村で共同運営している大型研究施設で、素粒子物理学、原子核物理学、物性物理学、化学、材料科学、生物学などの学術的な研究から産業分野への応用研究まで、広範囲の分野での世界最先端の研究が行われています。J-PARC内の物質・生命科学実験施設(MLF)では、世界最高強度のミュオン及び中性子ビームを用いた研究が行われており、世界中の研究者に利用されています。
※2.Hライン・H2エリア
MLFミュオン実験施設に新たに整備された、世界最高強度のパルスミュオンビームを供給する専用ビームライン(Hライン)とその実験エリアの一つ(H2エリア)です。ミュオン冷却装置と直線加速器が設置されています。
※3.ミュオンの冷却
ミュオン冷却とはミュオンの向きや速さをそろえることです。ミュオンビームをシリカエアロゲルに打ち込んでミュオニウム(正ミュオンと電子で構成される中性原子)を生成させ、ほとんど静止した状態にした後、紫外レーザーを使って電子をはぎ取り、正ミュオンだけの状態にします。
※4.異常磁気能率(g-2)
磁気能率は素粒子の持つ固有の性質の一つで、ボーア磁子と呼ばれる物理量とg因子と呼ばれる量の積で表されます。量子力学的な効果がg因子の2からの差分として現れます。これを「異常磁気能率」(g-2)と呼びます。標準理論で極めて高精度に計算することができます。
※5.電気双極子能率(EDM)
電気双極子能率(EDM)は、大きさが等しい正負の電荷が空間的に離れて存在することによって生じる電荷分布の偏りを表す物理量です。EDMは空間反転及び時間反転対称性を破ります。素粒子のEDMは標準理論で極めて小さい値が予想されており、現在までに有限の値は測定されていません。
素粒子宇宙起源研究所(KMI)/理学研究科高エネルギー素粒子物理学研究室(N研) 飯嶋 徹 教授, 著者:鈴木 一仁 特任准教授
https://www.hepl.phys.nagoya-u.ac.jp/