化学
2026.08.28
特異な非平面形状を有する電子輸送材料を開発 ~ペロブスカイト太陽電池の低コスト化と次世代スピントロニクスへの利用に期待~
・結合開裂法という独自の合成技術を基盤に、特異な「キラル注1)X形」の分子形状を有する電子輸送材料注2)を開発した。
・本材料はペロブスカイト太陽電池注3)の電子輸送層として機能し、汎用(はんよう)されるフラーレン系材料に匹敵する性能を示した。
・加えて、同材料は片方のスピン状態を有する電子注4)だけを選択的に流すことも可能で、次世代スピントロニクス注5)材料としても期待される。
名古屋大学大学院工学研究科の福井 識人 准教授らの研究グループは、京都大学化学研究所の若宮 淳志 教授、中村 智也 准教授、梶 弘典 教授、京都大学大学院工学研究科の浦谷 浩輝 助教、東京都立大学大学院都市環境科学研究科の石割 文崇 准教授との共同で、「キラルX形」という特異な分子形状を有する電子輸送材料を開発しました。
電子輸送材料はさまざまな有機電子デバイスの基本的な構成要素です。特に、次世代太陽電池として期待されるペロブスカイト太陽電池では、溶液塗布によって成膜が可能な電子輸送材料が必要です。現在はこのような材料としてフラーレン系電子受容体注6)が広く用いられています。しかし、フラーレンは材料コストが高いことと分子の設計性が限られていることが課題でした。加えて、近年ではキラルな有機分子が片方のスピン状態を有する電子だけを選択的に流す現象(キラル誘起スピン選択性注7))を示すことが分かり、次世代スピントロニクスへの応用が期待されています。しかし、優れたスピン選択率を示す電子輸送材料は限られており、新材料の探索が求められています。
本研究では、グループが独自に開発した8の字型π共役分子(CBBC)の変換によって新規電子輸送材料を開発しました。この電子輸送材料は、「キラルX形」という複雑にねじれた分子形状を有するにもかかわらず、分子内結合開裂法という独自の合成技術を基盤として、高価な原料を用いずに、簡便に合成が可能です。重要なことに、今回開発した材料を電子輸送層として含むペロブスカイト太陽電池素子は、汎用されるフラーレン系材料から成る素子に匹敵する光電変換効率注8)を示しました。さらに、同材料は優れた選択率でキラル誘起スピン選択性を示しました。本成果は、CBBCが電子輸送材料の基本骨格として有効であることを実証するものであり、次世代材料を開発する上で重要な技術基盤を与えます。
本研究成果は、2026年8月26日(現地時間)付で国際学術誌『Angewandte Chemie International Edition』に掲載されました。
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注1)キラル、エナンチオ選択的、光学異性体:
右手と左手のように、鏡写しの関係にありつつもそれぞれを重ね合わせることができない性質をキラルという。ここで鏡写しの関係にある二つの化合物を光学異性体と呼ぶ。光学異性体のうち片方を化学的に与える合成手法をエナンチオ選択的合成という。
注2)電子輸送材料:
固体中において電子を効率的に輸送する材料。n型有機半導体とも呼ばれる。
注3)ペロブスカイト太陽電池:
ペロブスカイト結晶構造を持つ物質を光電変換層に利用した次世代太陽電池。変換効率を向上させるためには、光電変換層から効率的に電子を抽出する必要があり、そのためには適切な電子輸送層をペロブスカイト層の上に成膜させる必要がある。
注4)スピン状態を有する電子:
電子が持つ量子力学的な性質の一つで、小さな磁石のような役割をする固有の角運動量のこと。古典的には、電子が自転していると考えた場合に生じる、上向きと下向きの二つの異なる状態に相当する。
注5)スピントロニクス:
電子の持つ電荷とスピンの両方を同時に利用・制御する技術。省電力半導体や大容量メモリなどの基盤技術として期待される。
注6)フラーレン系電子受容体、フラーレン誘導体(PCBM):
フラーレンに対して化学変換を施すことで合成される電子輸送材料の総称。代表的な分子はフェニルC61酪酸メチルエステル(PCBM)。
注7)キラル誘起スピン選択性:
CISS(Chirality-Induced Spin Selectivityの略)効果とも言われる。キラルな分子や物質において、電子のスピンの向きによって電流の流れやすさが異なる現象。本研究では、強磁性電極の磁化方向を反転させた際に生じる電流値の差として評価した。
注8)光電変換効率:
太陽電池素子が吸収した太陽光エネルギーのうち電力に変換された割合。
雑誌名:Angewandte Chemie International Edition
論文タイトル:An X‑Shaped Chiral Non‑Fullerene n-Type Semiconductor: Application in Perovskite Solar Cells and Chirality‑Induced Spin Selectivity
著者:坂本 祐樹(名古屋大学)、大塚 宏樹(名古屋大学)、石原 蔵人(京都大学)、Shuang Li(大阪大学)、嶋﨑 愛(京都大学)、原松 恵(京都大学)、平野 純一朗(名古屋大学)、野上 純太郎(名古屋大学(当時))、忍久保 洋(名古屋大学)、浦谷 浩輝*(京都大学)、梶 弘典*(京都大学)、石割 文崇*(東京都立大学)、佐伯 昭紀(大阪大学)、中村 智也*(京都大学)、若宮 淳志*(京都大学)、福井 識人*(名古屋大学)(*は責任著者)
DOI:10.1002/anie.9296585
URL:https://doi.org/10.1002/anie.9296585
大学院工学研究科 福井 識人 准教授
https://www.chembio.nagoya-u.ac.jp/labhp/organic1/member/74_fukui.html