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医歯薬学

2021.02.16

CAG リピートを標的とした siRNA は 脳内の異常ポリグルタミン蛋白を選択的に抑制する

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院医学系研究科神経内科学の勝野 雅央 教授、佐橋 健太郎 講師、蛭薙 智紀 大学院生(筆頭研究者)らの研究グループは、AMED 橋渡し研究戦略的推進プログラム・自立可能な好循環型先端医療開発拠点の創成を目指した研究の支援を受け、米国の Arcturus Therapeutics 社と共同で行なった、遺伝性神経変性疾患※1のひとつであるポリグルタミン病※2を対象とした基礎研究において、CAG 繰り返し配列(リピート)※3を標的とした siRNA※4 により、中枢神経系※5の異常ポリグルタミン蛋白質を選択的に抑制できることを明らかにしました。
ポリグルタミン病は CAG リピート配列の異常伸長に由来する蛋白質(ポリグルタミン蛋白質)の毒性を原因とした遺伝性神経変性疾患の総称であり、球脊髄性筋萎縮症※6、ハンチントン病※7、脊髄小脳変性症などの 9 疾患が含まれます。いずれも進行性の難治性疾患であり、根本的な治療法はありません。
これまでに、細胞を用いた実験において、CAG リピートを標的とした siRNA に人工核酸※8を加えるなどの改良をすることで、正常な蛋白には影響を与えず、異常ポリグルタミン蛋白を選択的に抑制できることが報告されていましたが、siRNA は生体内ではすぐに分解されてしまうため、動物実験での検証が困難でした。
勝野教授らの研究チームは UNA (unlocked nucleic acid)と呼ばれる人工核酸を加えた、CAG リピートを標的とする siRNA を新たに作成し、脂質ナノ粒子※9 を利用して球脊髄性筋萎縮症とハンチントン病のモデルマウス※10 に投与しました。その結果、モデルマウスの大脳皮質において、siRNA が正常な蛋白にはほとんど影響を与えず、異常ポリグルタミン蛋白を選択的に抑制することを明らかとしました。
本研究の結果から、CAG リピート配列を標的とした siRNA が、ポリグルタミン病全体に共通する治療薬となる可能性が示唆されました。英国科学雑誌「Molecular Therapy - Nucleic Acids」(2021 年2 月 15 日付の電子版)に掲載されました。


【ポイント】

○ ポリグルタミン病は異常ポリグルタミン蛋白質の毒性を原因とした遺伝性神経変性疾患であり、球脊髄性筋萎縮症、ハンチントン病、脊髄小脳変性症などが含まれる。
○ これまでに細胞実験において、CAG リピートを標的とした siRNA により異常ポリグルタミン蛋白を選択的に抑制することが報告されていたが、siRNA は生体内ですぐに分解されてしまうため、動物モデルでの検証は困難であった。
○ 本研究では siRNA を脂質ナノ粒子に抱合し投与することで、ポリグルタミン病モデルマウスの脳内において、CAG リピートを標的とした siRNA が異常ポリグルタミン蛋白を選択的に抑制することを明らかとした。
○ 本研究により CAG リピート配列を標的とした siRNA が、ポリグルタミン病全体に共通する治療薬となる可能性が示唆された。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら


【用語説明】

※1 遺伝性神経変性疾患
遺伝子の異常により特定の種類の神経細胞が進行性に変性する(死滅する)疾患の総称。遺伝性神経変性疾患に共通する病理学的な特徴として、神経細胞の中や周囲に遺伝子変異を原因とした異常な蛋白質が蓄積し、それによって特定の種類の神経細胞が障害されることが知られている。ポリグルタミン病は代表的な遺伝性疾患の一つである。
※2 ポリグルタミン病
ポリグルタミン蛋白の毒性を原因とした遺伝性神経変性疾患の総称。球脊髄性筋萎縮症(SBMA)、ハンチントン病、脊髄小脳変性症などの 9 疾患が含まれ、日本国内だけで 1 万人以上の患者がいると推定されている。
※3 CAG 繰り返し配列(リピート)
遺伝子の構成物質であるシトシン(C)、アデニン(A)、グアニン(G)の三つを一単位とする繰り返し配列(リピート)のことで、一般的に健常者では6〜30回程度の繰り返しであるが、ポリグルタミン病では35回以上に延長している。CAG リピートの異常伸長に由来する蛋白質をポリグルタミン蛋白と呼ぶ。
※4 siRNA
small interfering RNA の略称。RNA 干渉と呼ばれる原理で特定の遺伝子発現を抑制するために使用され、核酸医薬としての利用が注目されている。
※5 中枢神経系
体の中心にあり、神経系の中枢の役割を担う組織。中枢神経系には脳と脊髄が含まれる。
※6 球脊髄性筋萎縮症
アンドロゲン受容体遺伝子の CAG リピート延長を原因として、男性のみに発症する疾患。脊髄の運動神経細胞や筋肉の障害により、嚥下機能障害や手足の筋萎縮、筋力低下が生じる。
※7 ハンチントン病
ハンチンチン遺伝子の CAG リピート延長を原因として発症し、大脳皮質や大脳基底核と呼ばれる部位が障害される疾患。全身の舞踏運動(自分の意思がないのに体が動いてしまう運動の一つ)や認知機能低下などの症状が生じる。
※8 人工核酸
自然には存在せず、人工的に作成した核酸の総称。siRNA などの核酸を安定化したり、効果の持続時間を延長したりする目的で使用されることが多い。
※9 脂質ナノ粒子
分解されやすい薬剤を組織に運搬するために、脂質で作られた粒子。核酸医薬品の運搬システムとして注目されている。
※10 モデルマウス
遺伝子を改変し、ヒトの疾患と類似の病態を再現したマウス。一般に、モデルマウスを用いて病態の解明や治療薬の検証を行う。


【論文情報】

掲雑誌名:Molecular Therapy - Nucleic Acids
論文タイトル:Selective suppression of polyglutamine-expanded protein by lipid nanoparticledelivered siRNA targeting CAG expansions in the mouse CNS
著者:Tomoki Hirunagi1, Kentaro Sahashi1, Kiyoshi Tachikawa2, Angel I Leu2, Michelle Nguyen2, Rajesh Mukthavaram2, Priya P. Karmali2, Padmanabh Chivukula2, Genki Tohnai1, Madoka Iida1, Kazunari Onodera1,3, Manabu Ohyama4, Yohei Okada3, Hideyuki Okano5 and Masahisa Katsuno1
所属:1Department of Neurology, Nagoya University Graduate School of Medicine, Aichi, Japan
2Arcturus Therapeutics, San Diego, CA
3Department of Neurology, Aichi Medical University School of Medicine, Aichi, Japan
4Department of Dermatology, Keio University School of Medicine, Tokyo, Japan
5Department of Physiology, Keio University School of Medicine, Tokyo, Japan
DOI:https://doi.org/10.1016/j.omtn.2021.02.007
English ver.
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_E/research/pdf/Mole_The_N_A_210216en.pdf

 

【研究代表者】

大学院医学系研究科 勝野 雅央 教授

https://www.med.nagoya-u.ac.jp/neurology/