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生物学

2021.02.08

記憶や学習に関わる神経伝達物質受容体の迅速な蛍光標識に成功 ―記憶のメカニズム解明や神経疾患の診断への活用に期待―

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院工学研究科の清中 茂樹 教授、曽我 恭平 博士前期課程学生、京都大学大学院工学研究科の浜地 格 教授、小島 憲人 博士後期課程学生、白岩 和樹 博士後期課程学生らは、記憶や学習に必須でありながら、その異常は脳卒中などの疾患の原因ともなってしまう、脳内タンパク質のグルタミン酸受容体に対して、蛍光色素などの目印を迅速につける(蛍光標識する)手法を開発しました。

脳内において、グルタミン酸受容体は記憶や学習に関わる重要なタンパク質で、その代表例として、AMPA受容体やNMDA受容体が知られています。グルタミン酸受容体の神経細胞内での動きを知ることは、記憶のメカニズム解明だけでなく、神経疾患の診断方法などにもつながります。そのためには、神経細胞の受容体に蛍光の標識をつけて、記憶の強化や減弱に伴う受容体の発現量の変化を解析できる技術の開発が不可欠です。これまでに、蛍光タンパク質(2008年下村脩 先生らのノーベル化学賞)を使ってAMPA受容体やNMDA受容体を蛍光標識する技術が開発されています。しかし、蛍光タンパク質を用いた方法では、多くの場合において新たに蛍光タンパク質を標識した受容体を遺伝子工学的に神経細胞内に強制発現させる必要があるだけでなく、蛍光タンパク質のサイズが大きいために受容体の本来の機能を阻害することも問題となっていました。そのような背景のもと、本研究グループは、2017年にAMPA受容体に対して蛍光の標識をつけることができる小分子化合物を見いだしました。しかし、蛍光標識には2~4時間の時間を必要としたため、受容体の動きの定量的な観察には問題を抱えていました。もし、迅速に蛍光標識することができれば、任意のタイミングで定量的に観察することが可能となります。

今回、AMPA受容体およびNMDA受容体に対して選択的に目印をつけられる新たな有機小分子化合物を開発し、2~3分と従来法に比べて60分の1以下の時間で蛍光標識を実現しました。この手法を用いることで、神経細胞でのAMPA受容体およびNMDA受容体の動きの定量解析に成功し、モデル動物細胞に発現させた場合に比べて、受容体タンパク質の寿命が約6倍と大幅に長くなることを見いだしました。また、この迅速な蛍光標識技術により、神経細胞内ではAMPA受容体が効率的に細胞膜と細胞内を行き来(リサイクリング)することも明らかにしました。今後、この蛍光標識技術を用いて受容体の動きを詳細に可視化することで、記憶や学習の脳高次機能の解明だけでなく、神経疾患や精神疾患の原因解明や新たな診断方法の開発につながることが期待されます。

本研究成果は、2021年2月5日に国際学術誌「Nature Communications」のオンライン版で公開されました。

 

【ポイント】

・記憶の分子メカニズムを解明するために、神経伝達物質受容体に対して迅速に目印をつける方法が求められていた。

・記憶や学習に必須のグルタミン酸受容体にわずか数分で蛍光の目印をつける方法を開発し、グルタミン酸受容体の動きを定量的に評価することに成功した。

・この蛍光標識技術では受容体の動きを詳細に可視化できるので、グルタミン酸受容体の異常で起こる脳卒中などの神経疾患や精神疾患の原因解明、および新たな診断技術開発への応用が期待される。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【論文情報】

タイトル:Ligand-directed two-step labeling to quantify neuronal glutamate receptor trafficking(グルタミン酸受容体の動態の定量化を可能とするリガンド指向性2ステップラベル化法)
著  者:小島 憲人、白岩 和樹、曽我 恭平、堂浦 智裕、髙遠 美貴子、小松 和弘、柚﨑 通介、浜地 格、清中 茂樹
掲 載 誌:Nature Communications
DOI:10.1038/s41467-021-21082-x
 

 【研究代表者】

大学院工学研究科 清中 茂樹 教授

http://www.chembio.nagoya-u.ac.jp/labhp/life1/index.html