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農学

2021.02.03

イネの収量を増加させる画期的な技術開発に成功 ~食糧増産と二酸化炭素や肥料の削減に期待~

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM※)の木下 俊則 教授、大学院理学研究科のヂャン・マオシン 研究員、南京農業大学資源環境科学学院のヂゥー・イーヨン 教授らは、イネ注1)の1つの遺伝子(細胞膜プロトンポンプ注2))を増加させることで、根における養分吸収注3)と気孔注4)開口を同時に高める技術を開発し、野外水田でのイネの収量を30%以上増加させることに成功しました。

本研究グループによるこれまでの研究により、根における養分吸収と気孔開口において、細胞膜プロトンポンプが共通して重要な役割を果たすことが明らかとなってきました。そこで、1つの細胞膜プロトンポンプ遺伝子の発現を高めた過剰発現イネを作出したところ、根における窒素養分吸収が20%以上、光合成注5)活性が25%以上高まっており、4ヶ所の異なった野外の隔離水田圃場における収量評価試験においてイネの収量が30%以上増加することが明らかとなりました。本研究成果は、根における養分吸収と気孔開口を同時に高める画期的な技術であり、様々な実用作物での応用が期待されます。

本研究成果は、2021年2月2日(英国時間)に英国科学誌「Nature Communications」でオンライン公開されました。

本研究は、科学技術振興機構(JST)ALCA [JPMJAL1011]、科学研究費補助金・基盤研究(S) [20H05687]、学術変革領域研究(A) [20H05910]の支援のもとで行われたものです。
 

【ポイント】

・細胞膜プロトンポンプの発現を高めたイネの過剰発現体において、根における養分吸収、気孔開口、光合成、成長が促進されることを世界で初めて証明した。

・4ヶ所の野外圃場において、イネの収量が30%以上増加することを明らかにした。

・植物の成長と収量を高める技術のブレークスルーであり、様々な実用作物での応用が期待される。

・地球温暖化の原因となっている二酸化炭素や環境汚染の原因となっている肥料の削減が期待される。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

 

【用語説明】

注1)イネ

トウモロコシやコムギとともに世界三大穀物の1つで、世界中の30億人の主食となっており、人類の食糧の25%を占める。 

注2)細胞膜プロトンポンプ

ATPをエネルギーとして、細胞の内側から外側に水素イオンを輸送する一次輸送体。細胞膜を介して形成される水素イオンの濃度勾配は、さまざまな物質を輸送する二次輸送体の駆動力として利用されている。根においては、窒素、リンやカリウムなどの無機養分の取り込みにおいて重要な役割を果たす。気孔孔辺細胞においては、青色光などの光により活性化され、カリウム取り込みの駆動力を形成し、気孔開口を引き起こすことが知られている。

注3)根における養分吸収

植物の必須元素は17種あり、そのうち炭素を除く16元素は、根において土壌から無機養分として取り込まれている。これら無機養分の吸収は、多くの場合は膜を介した電気化学ポテンシャル勾配を利用して行われており、この勾配は、細胞膜プロトンポンプにより形成されている。

注4)気孔

植物の表皮に存在し、一対の孔辺細胞から形成される孔で、植物は気孔を通して大気とのガス交換をおこなっている。孔辺細胞はさまざまな環境シグナルに応答して体積を変化させ、気孔開度を調節している。光による気孔開口では細胞膜プロトンポンプの活性化が必須となっている。

注5)光合成

植物の葉緑体や光合成色素をもつ生物で行われる化学反応で、二酸化炭素、水、光エネルギーを利用して、炭素化合物と酸素を生み出す。地球上のほぼすべての動物は、植物の光合成により作り出される炭素化合物をエネルギー源として生きている。

 

 

【論文情報】

雑誌名:Nature Communications

論文タイトル:Plasma membrane H+-ATPase overexpression increases rice yield via simultaneous enhancement of nutrient uptake and photosynthesis(細胞膜プロトンポンプの過剰発現は養分吸収と光合成を同時に促進することでイネの収量を増加させる)

著者:Maoxing Zhang(本学研究員), Yin Wang(本学元教員), Xi Chen, Feiyun Xu, Ming Ding(本学学生), Wenxiu Ye(本学元研究員), Yuya Kawai(本学元学生), Yosuke Toda(本学教員), Yuki Hayashi(本学教員), Takamasa Suzuki, Houqing Zeng, Liang Xiao, Xin Xiao, Jin Xu, Shiwei Guo, Feng Yan, Qirong Shen, Guohua Xu, *Toshinori Kinoshita(本学教員、責任著者), *Yiyong Zhu(責任著者)

DOI:10.1038/s41467-021-20964-4                                     

 

※【WPI-ITbMについて】 (http://www.itbm.nagoya-u.ac.jp/)

名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(ITbM)は、2012年に文部科学省の世界トップレベル拠点プログラム(WPI)の1つとして採択されました。名古屋大学の強みであった合成化学、動植物科学、理論科学を融合させ、新たな学問領域である植物ケミカルバイオロジー研究、化学時間生物学(ケミカルクロノバイオロジー)研究、化学駆動型ライブイメージング研究の3つのフラッグシップ研究を進めています。ITbMでは、精緻にデザインされた機能をもつ分子(化合物)を用いて、これまで明らかにされていなかった生命機能の解明を目指すと共に、化学者と生物学者が隣り合わせで研究し、融合研究を行うミックス・ラボという体制をとっています。「ミックス」をキーワードに、化学と生物学の融合領域に新たな研究分野を創出し、トランスフォーマティブ分子の発見と開発を通じて、社会が直面する環境問題、食料問題、医療技術の発展といった様々な課題に取り組んでいます。

 

【研究代表者】

トランスフォーマティブ生命分子研究所 木下 俊則 教授