国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学の伊藤 繁 名誉教授、兵庫県立大学大学院理学研究科の伊藤(新澤)恭子特任教授、菓子野(井上)名津子客員教員(助教)、菓子野康浩准教授、理化学研究所(理研)放射光科学研究センター利用技術開拓研究部門生体機構研究グループの浜口祐研究員、川上恵典研究員、米倉功治グループディレクター(東北大学多元物質科学研究所 教授等を兼任)、京都大学大学院農学研究科の伊福健太郎教授、大阪大学蛋白質研究所の山下栄樹准教授の共同研究グループ※は、クライオ電子顕微鏡[1]を用いて、近赤外光を吸収するクロロフィルd[2]を主色素として光合成を行うアカリオクロリス・マリナ(Acaryochloris marina)[3]の光化学系Ⅰ(系Ⅰ)複合体の構造を明らかにすることに成功しました。
クロロフィルdの励起によって得た近赤外光のエネルギーは、他の酸素発生型光合成生物で用いられるクロロフィルa[2]より80mVも低いため、アカリオクロリス・マリナの光合成がどのような仕組みで他の酸素発生型光合成と同じように進むことができるのか、詳しい仕組みは明らかではありませんでした。
本研究により、アカリオクロリス・マリナの系Ⅰ複合体の立体構造が明らかになったことで、低いエネルギーで通常の系Ⅰと同様の反応を達成する仕組みが解明され、本研究の成果は太陽光に多量に含まれる赤外光を利用した人工光合成の開発といった応用につながると期待できます。
今回、共同研究グループは、冷陰極電界放出型の電子銃を備えた新型の国産クライオ電子顕微鏡を用いて、アカリオクロリス系Ⅰ複合体の原子構造を2.58オングストローム(Å、1Åは100億分の1メートル)分解能での決定に成功しました。
本研究は、オンライン科学雑誌『Nature Communications』(4月20日付:日本時間4月20日午後6時)に掲載されました。
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[1] クライオ電子顕微鏡
タンパク質などの生体分子を、水溶液中の生理的な環境に近い状態で、電子顕微鏡で観察するために開発された手法。まず、試料を含む溶液を液体エタン(約-170℃)中に落下させ急速凍結し、アモルファス(非晶質、ガラス状)な薄い氷に包埋する。これを液体窒素(-196℃)冷却下で、電子顕微鏡観察する。電子顕微鏡内の真空中で試料は氷中に保持でき、また、冷却することで電子線の照射による損傷を減らすことができる。Jacques Dubochetはこの氷包埋法を開発し、2017年のノーベル化学賞の受賞者の一人に選ばれた。
[2] クロロフィルa、d
葉緑素。クロロフィルaは高等植物を含むほとんどの酸素発生型光合成生物で主色素として機能している。クロロフィルdは、クロロフィルaのビニル基がホルミル基に置換された構造(枠内図、右)で、赤外光を吸収する。この特性により、アカリオクロリス・マリナの系Ⅰは酸素発生型光合成生物の系Ⅰよりも長波長の光を吸収することができる(枠内図、左)。
[3] アカリオクロリス・マリナ(Acaryochloris marina)
(株)海洋バイオテクノロジー研究所の宮下英明博士(現京都大学教授)らにより、パラオでホヤに共生し、クロロフィルdを主色素とするシアノバクテリアの一種として見出され、1996年に報告された。クロロフィルdは、1950年代に報告があったものの、その後自然界で確認されることがなく、クロロフィルaの変性したものとの理解が広がっていた。しかし、アカリオクロリス・マリナの発見により、自然界でのクロロフィルdの存在が再確認されたという経緯がある。
<タイトル>
Structure of the far-red light utilizing photosystem I of Acaryochloris marina
<著者名>
Tasuku Hamaguchi, Keisuke Kawakami, Kyoko Shinzawa-Itoh, Natsuko Inoue-Kashino, Shigeru Itoh, Kentaro Ifuku, Eiki Yamashita, Kou Maeda, Koji Yonekura and Yasuhiro Kashino
<雑誌>
Nature Communications
<DOI>
https://doi.org/10.1038/s41467-021-22502-8
<URL>
https://www.nature.com/articles/s41467-021-22502-8
大学院理学研究科 伊藤 繁 名誉教授