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生物学

2021.04.30

自転車競技における集団秩序の定量化に成功 ~繰り返される駆け引きと離合集散~

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院教育発達科学研究科の奥村 文浩 博士後期課程学生は、総合保健体育科学センターの横山 慶子 准教授、山本 裕二 教授とともに、3つの自転車競技トラックレースの「ポイントレース」注1)を題材として、競技局面に現れる集団秩序の定量化に成功しました。

集団同時スタートの自転車競技では、各選手は駆け引きをしながら、流動的にお互いの位置取りを変更し続けます。集団は伸びたり縮んだり、複数の集団に分かれたりします。これまで全選手の位置取りを、大域的に捉え分析した研究はありませんでした。

そこで我々は、「ポイントレース」中の、選手全体の配置を定量化し、集団の伸び縮み(集団の密度)や、集団の数を主成分分析注2)によって抽出しました。「ポイントレース」の得点が得られる、スプリント間の10周を4分割して、それぞれの時期での状態遷移確率を分析すると、10周のうちの後半になるに従って、集団が分離した状態になる頻度が多く、一度分離した集団は、再結合することが少なくなることが分かりました。これらの結果は、選手やコーチが、スプリント直前のみの駆け引きだけではなく、集団が分離する際の位置取りに、注意を払う必要があることを示唆しています。 自転車競技はその競技特性から、「利己的な個」が、「利他的」に「集団」として協力行動を示すユニークな研究対象のため、ヒトの社会性の解明にも寄与すると考えられます。

本研究成果は、2021年4月18日付で、科学雑誌『European Journal of Sports Science』オンライン版に掲載されました。

この研究は、科学研究費補助金基盤研究(B)「バイオロジカルモーションを用いた対人技能ダイナミクスの解明」及び、科学研究費補助金基盤研究(A)「対人運動技能の制御・学習則の解明」の支援のもとで行われたものです。
 

【ポイント】

1. 3つの「ポイントレース」において、自転車競技場の直線部センターライン延長線上の観客席に、ビデオカメラを設置し、各センターラインの全選手の通過時刻を計測、個々の選手位置を定量化した。また、先頭選手通過から1秒ごとの区間を設定し、その区間ごとの選手の人数(密度)をベクトルとすることで、各周回における選手全体の配置を定量化した。

2. 「ポイントレース」の競技局面の特徴である「集団の分離と集団の密度」が、主成分分析によって抽出できるか検証した。定量化した観察結果と主成分分析を比較した結果、第1主成分と第2主成分をX-Y軸とした平面の4つの状態1、2、3及び4が、「1つの密集した集団の状態」、「伸長した集団の状態」、「分離した集団の状態」「逃げ集団注3)が密集した主集団注4)から離れた状態」にそれぞれ対応した。

3. この状態間の遷移確率を求め、ポイント獲得のスプリント間の10周区間を4分割して分析した。その結果、10周の半分を経過した後は、集団が分離している状態の傾向が多いことを示した。結果、「ポイントレース」ではポイントを獲得する周回の直前だけではなく、スプリント間のインターバルの後半には、集団が分離することを想定し、位置取りをすることの重要性を示唆している。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

注1)ポイントレース:自転車競技のトラックレースの1種目。オリンピックでは「オムニアム」と呼ばれる複合競技の中の一種目として行われる。既定の周回ごとに行われる「スプリント」と呼ばれる周回の着順によって1位から4位までの選手に5、 3、 2、 1点が与えられ、その得点の積算で順位を競う。また獲得する得点には先述したスプリントによるものと周回遅れに関するもの(主集団を周回遅れにすると20点獲得、逆に周回遅れになると20点減算)がある。

注2)主成分分析:主成分分析は多次元データを、より少ない変数で要約するための手法である。主成分分析において元のデータの情報を多く含む順序で変数を並べ替えた場合の最初と2番目の要素を第1主成分と第2主成分という。

注3)逃げ集団:自転車競技の中で生じる展開の典型の一つに、1人や少数の集団で逃げ切りを目指す選手と、体力を温存する多数の選手の集団に分かれる状況がある。その先行した集団のことを言う。

注4)主集団:集団の中でもっとも人数が多い集団。

 

【論文情報】

雑誌名: European Journal of Sports Science

タイトル: State transitions among groups of cyclists in cycling points races

(自転車競技ポイントレースにおける集団間の状態遷移)

著者:Fumihiro Okumura 1*, Keiko Yokoyama2,and Yuji Yamamoto2

(奥村 文浩 1*、      横山 慶子 2、      山本 裕二 2

1. 名古屋大学大学院教育発達科学研究科

2. 名古屋大学 総合保健体育科学センター

DOI:10.1080/17461391.2021.1905077

URL:https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/17461391.2021.1905077

 

【研究代表者】

総合保健体育科学センター 山本 裕二 教授

https://nagoya-hml.com/