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国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学医学部附属病院糖尿病・内分泌内科の安田 康紀 医員、岩間 信太郎 講師、同大医学系研究科糖尿病・内分泌内科学の有馬 寛 教授らの研究グループは、同大医学系研究科分子細胞免疫学の西川 博嘉 教授らの研究グループとの共同研究により、免疫チェックポイント阻害薬*1 である抗PD-1 抗体*2による甲状腺副作用の発症メカニズムをマウスで明らかにしました。免疫チェックポイント阻害薬は、がんに対する免疫力を高めることで抗がん作用を発揮する新しい薬で、種々の進行悪性腫瘍において効果が示されています。日本では悪性黒色腫、肺癌、腎癌、頭頸部癌、ホジキンリンパ腫、胃癌、尿路上皮癌、乳癌等で近年保険が適用され、使用が拡大していますが、一方で薬剤による免疫反応の活性化が自己の臓器(甲状腺、下垂体、肺、肝、大腸、皮膚など)で発生することにより生じる副作用(免疫関連有害事象;irAEs*3)が問題となっています。このうち甲状腺の副作用は頻度が高く(約 10%)、一過性の甲状腺ホルモン上昇とその後の低下を伴う破壊性甲状腺炎*4の症状が現れます。免疫チェックポイント阻害薬は、細胞傷害作用を有する CD8 陽性T 細胞*5 の活性化を介して抗腫瘍作用を発揮すると考えられていますが、破壊性甲状腺炎を含めたirAEs の発症メカニズムは明らかではありませんでした。本研究では、抗 PD-1 抗体による破壊性甲状腺炎の発症メカニズムを明らかにするためにマウスモデルを開発し、破壊性甲状腺炎の発症に関与するリンパ球の役割を解析しました。その結果、甲状腺特異的な蛋白であるサイログロブリンをマウスに皮下投与し、2 ヶ月半後に抗 PD-1 抗体を投与することで著明な炎症細胞浸潤を伴う破壊性甲状腺炎を呈するマウスモデルを確立しました。このモデルでは、発症時に CD4 陽性 T 細胞*6の中でもエフェクターメモリーT 細胞*7およびセントラルメモリーT 細胞*8 の増加が認められること、CD4 陽性 T 細胞はサイログロブリンに特異的に反応することおよび細胞傷害作用を示す蛋白(グランザイム B)の発現が認められることが示されました。さらに、抗 PD-1 抗体による破壊性甲状腺炎の発症は、予め CD4 陽性 T 細胞を除去することで完全に抑制されたのに対し、CD8 陽性 T 細胞の除去では部分的に抑制されました。また、抗 PD-1 抗体により破壊性甲状腺炎を発症したマウスの頚部リンパ節から CD4 陽性 T 細胞を抽出して別のマウスへ移植した結果、レシピエントマウス*9の甲状腺濾胞構造の破壊が認められました。最後に、抗 PD-1 抗体による治療を受けた患者において血液中のリンパ球を解析したところ、破壊性甲状腺炎を発症した患者では非発症者と比し CD4 陽性の細胞傷害性 T 細胞の有意な増加が認められました。
本研究より、抗 PD-1 抗体による破壊性甲状腺炎の発症には細胞傷害作用を有する CD4 陽性 T 細胞が必須の役割を果たしていることが明らかとなりました。この結果は、現在広く使用されている抗PD-1 抗体による副作用のメカニズムの解明およびその予防法の確立に繋がる成果と考えられます。
本研究成果は、米国科学振興協会(AAAS)より発行されている科学誌『Science Translational Medicine』に掲載されました。(2021 年 5月12日付け(米国東部時間)の電子版)

 

【ポイント】

○ がん免疫治療薬として免疫チェックポイント阻害薬が悪性腫瘍の治療に広く使用されているが、種々の副作用があり治療を行う際の問題となっている。
○ 内分泌器官の副作用は頻度が高く、なかでも甲状腺機能異常症は最も頻度が高いが、その発症機序は不明であった。我々は今回、抗 PD-1 抗体の投与により破壊性甲状腺炎を発症するマウスモデルを開発し、発症機序の解析を行った。
○ 甲状腺特異的な蛋白であるサイログロブンリンをマウスに皮下投与し、その 2 ヶ月半後に抗PD-1 抗体を投与した結果、著明な炎症細胞浸潤を伴う破壊性甲状腺炎が認められた。一方、サイログロブリンを皮下投与しなかった対照群では破壊性甲状腺炎の発症は認められなかった。
○ 破壊性甲状腺炎を発症したマウスにおいて、CD4 陽性のエフェクターメモリーT 細胞およびセントラルメモリーT 細胞の増加が認められ、CD4 陽性 T 細胞では細胞障害作用を示唆する蛋白(グランザイム B)の発現が認められた。
○ 抗 PD-1 抗体の投与前に種々のリンパ球を除去してから抗 PD-1 抗体を投与したところ、CD4陽性 T 細胞を除去した際に破壊性甲状腺炎の発症は完全に抑制された。
○ 抗 PD-1 抗体により破壊性甲状腺炎を発症した患者の血液中には非発症者と比し細胞傷害性CD4 陽性 T 細胞の増加が認められた。
○ 抗 PD-1 抗体による破壊性甲状腺炎において、細胞傷害作用を有する CD4 陽性 T 細胞が発症に必須の役割を果たしていることが示唆された。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

※1 免疫チェックポイント阻害薬・・・免疫反応の活性化を介してがんに対する効果を示す、新しいがん免疫治療薬の一つ。
※2 抗 PD-1 抗体・・・免疫チェックポイント阻害薬の1つ。Programmed cell death 1(PD-1)に対する抗体。
※3 irAEs・・・免疫チェックポイント阻害薬によって発生する副作用の総称。免疫チェックポイント阻害薬では、自己免疫反応による臓器障害が肺、消化管、皮膚、神経・筋、内分泌器官など全身の様々な部位で報告されており、死亡に至る重篤な症例も報告されている。
※4 破壊性甲状腺炎・・・炎症により甲状腺が破壊され、一過性に甲状腺ホルモン値が上昇し、その後に甲状腺機能低下症となる病態。甲状腺ホルモン値が高値の時は倦怠感、動悸、発汗、手足の震えなどの自覚症状が認められる。甲状腺機能低下症になると倦怠感、むくみ、活動性の低下など
が認められる。
※5 CD8 陽性 T 細胞・・・ウイルス感染細胞やがん細胞を殺傷する作用を有するリンパ球。CD8陽性キラーT 細胞とも呼ばれる。
※6 CD4 陽性 T 細胞・・・さまざまな免疫応答を助ける働きのあるリンパ球。CD4 陽性ヘルパーT 細胞とも呼ばれる。慢性炎症や一部の腫瘍において、CD4 陽性 T 細胞の一部が、細胞傷害活性を示すことも報告されており、細胞傷害性 CD4 陽性 T 細胞と呼ばれる。
※7 エフェクターメモリーT 細胞・・・特定の抗原に対して活性化した T 細胞のうち、再度同一の抗原に対して反応できるよう記憶として主に非リンパ組織に存在する T 細胞の亜群。
※8 セントラルメモリーT 細胞・・・特定の抗原に対して活性化した T 細胞のうち、再度同一の抗原に対して反応できるよう記憶として主にリンパ組織に存在する T 細胞の亜群。
※9 レシピエントマウス・・・細胞移植や臓器移植において移植を受ける側のマウス。


【論文情報】

掲雑誌名:Science Translational Medicine
論文タイトル:CD4⁺ T cells are essential for the development of destructive thyroiditis induced
by anti-PD-1 antibody in thyroglobulin-immunized mice
著者:Yoshinori Yasuda1, Shintaro Iwama1*, Daisuke Sugiyama2, Takayuki Okuji1, Tomoko Kobayashi1, Masaaki Ito1, Norio Okada1, Atsushi Enomoto3, Sachiko Ito2, Yue Yan2, Mariko Sugiyama1, Takeshi Onoue1, Taku Tsunekawa1, Yoshihiro Ito1,4, Hiroshi Takagi1, Daisuke  Hagiwara1, Motomitsu Goto1, Hidetaka Suga1, Ryoichi Banno1,5, Masahide Takahashi3, Hiroyoshi Nishikawa2,6, and Hiroshi Arima1
*corresponding author
所属:1Department of Endocrinology and Diabetes, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya 466-8550, Japan
2Department of Immunology, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya 466-8550, Japan.
3Department of Pathology, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya 466-8550, Japan.
4Department of CKD Initiatives/Nephrology, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya 466-8560, Japan.
5Research Center of Health, Physical Fitness and Sports, Nagoya University, Nagoya, 464-8601, Japan
6Division of Cancer Immunology, Research Institute/Exploratory Oncology Research & Clinical Trial Center (EPOC), National Cancer Center, Tokyo 104-0045, Japan.
DOI:10.1126/scitranslmed.abb7495
English ver.
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_E/research/pdf/Sci_Tran_Med_210512en.pdf

 

【研究代表者】

医学部附属病院 岩間 信太郎 講師

https://www.med.nagoya-u.ac.jp/endodm/