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情報学

2021.06.29

量子系の測定に内在する隠れた誤差の検証実験に成功 ─ 量子コンピュータなどの量子情報技術への利活用に期待 ─

中部大学AI数理データサイエンスセンターの小澤正直特任教授(国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学名誉教授・大学院情報学研究科招へい教員)と北海道大学大学院工学研究院の長谷川祐司教授(オーストリア・ウィーン工科大学准教授)らの国際共同研究グループは、中性子のスピンを測定する実験で、2019年に小澤によって考案された、ミクロな物体の測定誤差を正確に定めるための新しい理論を検証することに成功しました。

ミクロな物体を扱う量子力学の根幹をなす不確定性原理では、電子などの素粒子は、その位置と運動量の両方を同時に正確に(誤差ゼロで)測定することができず、必ず本来の値との誤差が生じるとされています。このため、量子現象の理解には、測定の誤差を正確に捉えることが必要です。しかし、量子力学における測定誤差の従来の計算式には、不正確な測定でも誤差がゼロになることがあるという問題点が知られていました。ただ、理想的な測定によって得られるべき真値が測定状況に依存するという量子力学の特質から解決不可能な問題と考えられてきました。2019年に小澤は、量子測定誤差に関する新しい理論を展開して、そのような問題点を克服する正しい誤差の計算式を理論的に導きました。

今回の研究では、ウィーン工科大原子研究所に設置されている研究用原子炉で、長谷川グループが最先端の中性子*1ポラリメータを用いて中性子のスピン*2を測定し、いくつかの量子測定に対してその測定誤差の決定を試みました。そこでは、パラメータ掃引法と呼ばれるパラメータに関して初期状態を掃引する手法を用い、まず、隠れた誤差の出現を確認しました。その上で、量子測定の隠れた測定誤差を定量的に決定することを試みました。実験の結果、物理的な状況判断との整合性が取れた量子測定の誤差の同定ができたことが確認されました。

この成果は、量子基礎現象を対象とする基礎科学の発展にとどまらず、量子測定誤差の標準的定義を導き、量子暗号*3や量子コンピュータ*4などの量子情報技術、重力波*5検出など量子精密測定技術における様々な計測の精度評価や誤差解析への利活用が期待されます。

本研究成果は、Nature Research社発行の科学誌『npj Quantum Information』(電子版)(2021年6月28日付:日本時間6月28日18時)に掲載されます。

 

【ポイント】

・量子系の測定における測定誤差を定める従来の方法には、不正確な測定でも誤差の値がゼロになるケースがあるという問題点があったが、このような隠れた誤差を定量化する新しい理論が2019年に小澤によって考案された。

・ 隠れた誤差の出現を中性子のスピン測定において確認した。

・パラメータ掃引法を用いることにより、量子測定の隠れた測定誤差を定量的に取り扱うことが可能になり、量子測定の測定誤差の適正な決定ができるようになった。

・ 量子を対象とする広範な基礎科学、および、量子コンピュータなどの量子情報技術における誤差解析や精度評価への利活用が期待される。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

*1 中性子:陽子と電子とならび原子核の構成要素のひとつ。電荷がゼロ(中性)で核子である陽子よりもわずかに重い。一定の半減期で陽子と電子と反電子ニュートリノに崩壊する。振る舞いは量子力学に従い、様々な基礎物理の観測・測定実験に使われる。

*2 スピン:量子物理学における素粒子の基本特性のひとつで、角運動量の一種である。磁場との相互作用があり、まさに「小さな磁石」のように振舞う。測定値は量子化され、連続量ではなく不連続量として観測される。

*3 量子暗号:盗聴者の測定が不確定性原理で制約されることを利用して、盗聴検知が可能とされる暗号方式。量子計算機ができても破られない暗号方式として期待されている。

*4 量子コンピュータ: 量子干渉や量子もつれと言った量子力学的な現象を利用して、量子的並列計算を実現し、公開鍵暗号の解読など従来のコンピュータでは現実的な時間や規模で解けないとされている問題を解くことが期待されるコンピュータ。

*5 重力波:一般相対性理論において予言される波動であり、時空間のゆがみが波となって光速で伝わる現象である。その影響は極めて小さいので、検出は極めて困難であり、不確定性原理が検出限界にかかわるとされる。2016年に米国の重力​波望遠鏡LIGOを用いて、2つのブラックホールの合体によって発せられた重力波​の直接検出に成功した。

 

【論文情報】

雑誌名:npj Quantum Information (ネイチャー・パートナー・ジャーナル クァンタム・インフォーメーション)

論文タイトル:“Neutron optical test of completeness of quantum root-mean-square errors”

著者:Stephan Sponar、 Armin Danner、 Masanao Ozawa (小澤 正直)、 Yuji Hasegawa (長谷川 祐司)

DOI: 10.1038/s41534-021-00437-8

URL:https://www.nature.com/articles/s41534-021-00437-8