TOP   >   医歯薬学   >   記事詳細

医歯薬学

2021.06.17

ナノ素材による健康被害の新たなメカニズムを明らかに! ~貪食細胞の小器官エンドソームに着目~

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院医学系研究科(研究科長・門松健治)呼吸器内科学の橋本 直純(はしもとなおずみ)准教授、同大医学部附属病院呼吸器内科の阪本 考司(さかもとこうじ)助教、同大大学院医学系研究科の井上 正英(いのうえ まさひで)大学院生らの研究グループは、同大大学環境医学研究所の澤田 誠(さわだまこと)教授、大阪府立大学の中瀬 生彦(なかせ いくひこ)教授らとの共同研究で、ナノサイズの人工微粒子(ナノ粒子)の肺への沈着が引き起こす炎症のメカニズムを検討し、細胞の小構造エンドソームにおける活性酸素の発生が炎症の制御物質として重要な働きをすることを見つけました。

炭素やシリカ(ケイ素)などを原料としたナノメートル※1サイズの人工物(ナノマテリアル)は、食品や化粧品、医薬品などへの応用が進み、その工業生産量は年々増加していますが、一方でナノマテリアルによる健康被害の可能性も懸念されています。とりわけ肺は呼吸によって外界と接する臓器であり、これまでも微粒子吸引による健康被害が報告されています。このため、微粒子による肺傷害のメカニズムの更なる理解と対策が求められます。 研究チームは、ナノマテリアルとして代表的なシリカ粒子※2に着目しました。大きさや表面化学特性の異なる粒子をマウスの肺に投与し、肺の炎症を分析しました。その結果、ナノサイズのシリカ粒子により起こる肺の炎症と比べ、大きな径の粒子や表面を化学修飾した粒子では大幅に軽減することが分かりました。次に肺の中でシリカ粒子を取り込むマクロファージを分析した結果、ナノ粒子は細胞の小構造物・エンドソーム(貪食小胞)の中に活性酸素の異常産生を引き起こすことを見出しました。更にエンドソームの活性酸素を制御する NOX2※3 という酵素の働きを抑制することでシリカ粒子を取り込んだマクロファージのエンドソーム内の活性酸素産生を抑えて、炎症誘導因子の産生を軽減できることがわかりました。
この研究結果は、これまで詳細が不明であったシリカナノ粒子による活性酸素を介した肺傷害のメカニズムを明らかにするもので、微粒子の細胞毒性を調べる新たな手法として、更に粉塵曝露による健康被害に対する新たな治療方法開発にも応用が期待できる成果です。 本研究は国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業 CREST「細胞外微粒子」の支援を受けて行われました。
本研究成果は、国際科学誌「Particle and Fibre Toxicology」(英国時間 2021 年 6 月 17 日付の電子版)に掲載されました。


【ポイント】

○工業用途・医薬品・食品に広く応用される人工微粒子であるナノマテリアルには臓器や細胞を傷害する恐れがあるが、その明確なメカニズムと対策は未解明であった。
○今回の研究では、シリカ微粒子の“大きさ“や”表面の性質“が肺に引き起こす炎症の重症度や、肺の中で微粒子を取り込むマクロファージから産生されるケモカイン※4(炎症誘導因子)の量を左右することをマウスの解析から発見した。
○微粒子の性質の違いにより取り込んだマクロファージのエンドソームの活性酸素の濃度が変化しており、エンドソーム内の活性酸素発生を制御する NOX2 という酵素の抑制でケモカインの産生が抑止できることが分かった。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら


【用語説明】

※1 ナノメートル:(nm) は 1 ミリメートルの 100 万分の一の長さ。
※2 シリカ粒子:非晶質性シリカ。
※3 NOX2:NADPH オキシダーゼ(NADPH から受け取った電子を酸素分子に渡すことで,ROSの一種であるスーパオキシドを産生する酵素群:NOX)のひとつで食細胞に特に発現する。
※4 ケモカイン:組織の炎症などの際に細胞から分泌される炎症制御物質サイトカインのうち、好中球※5などを遊走させる効果のあるもの。MIP1, MIP2,MCP-1 などが挙げられる。

※5 好中球:白血球の一種で炎症の部位に積極的に移動(遊走)して、主に生体内に侵入してきた細菌や真菌類を貪食(飲み込む事)殺菌を行うことで、感染を防ぐ役割を果たす。


【論文情報】

掲雑誌名:Particle and Fibre Toxicology
論文タイトル:Size and surface modification of silica nanoparticles affect the severity of lung toxicity by modulating endosomal ROS generation in macrophages
著者:Masahide Inoue1*, Koji Sakamoto1*, Atsushi Suzuki1, Shinya Nakai2, Akira Ando1, Yukihiko Shiraki3, Yoshio Nakahara1, Mika Omura2, Atsushi Enomoto3, Ikuhiko Nakase2, Makoto Sawada 4 5, and Naozumi Hashimoto1
所属:1 Department of Respiratory Medicine, Nagoya University Graduate School of Medicine
2 Graduate School of Science, Osaka Prefecture University, Sakai, Osaka, Japan
3 Department of Pathology, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Japan.
4 Department of Brain Function, Research Institute of Environmental Medicine, Nagoya University
5 Department of Molecular Pharmacokinetics, Graduate School of Medicine, Nagoya University
DOI:10.1186/s12989-021-00415-0
English ver.
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_E/research/pdf/Par_and_Tox_210617en.pdf

 

【研究代表者】

大学院医学系研究科 長谷川 好規 教授

http://www.med-nagoya-respmed.jp/