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社会科学

2021.07.15

なぜ、日本経済は物価が安定し、長期金利が低位なのか? ~戦中と現在の旺盛な貨幣需要の比較から解明!~

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院経済学研究科の齊藤 誠 教授は、物価水準の決定に関する新たな理論を提示し、戦中・敗戦直後と現代の日本経済について物価や金利の決定メカニズムを解明しました。

本研究では、特に現在の日本の財政金融状況について、

(1)なぜ、大量の貨幣が供給されているにもかかわらず、物価水準が安定しているのか?

(2)なぜ、大量の国債が発行されているにもかかわらず、長期金利が低位で安定しているのか?

(3)現在の物価安定と低位な長期金利は将来も持続するのか?

を理論的、実証的、歴史的な考察から明らかにしています。

本研究成果は、2021年7月に「Strong Money Demand in Financing War and Peace: The Cases of Wartime and Contemporary Japan」(出版社:Springer Nature Singapore)として出版されました。

本研究は、2018年度から2020年度にかけて実施した日本学術振興会科学研究費助成事業(基盤研究)と2020年度から始まった公益財団法人野村財団「金融・証券のフロンティアを拓く研究」助成事業の支援のもとで行われたものです。

 

【ポイント】

・貨幣経済論には「貨幣数量説注1)」と「物価水準の財政理論注2)(以下、FTPLと略)」という2つの代表的な物価理論があるが、いずれの理論も現在の日本経済の状況をうまく説明できない。大量の貨幣供給にもかかわらず物価が安定する状況は、貨幣数量説と矛盾し、大量の国債発行にもかかわらず物価が安定する状況はFTPLと矛盾する。

・貨幣数量説とFTPLを統合した新しい物価理論では、長短金利がゼロ水準まで低下すると、旺盛な貨幣需要が大量に発行された貨幣とともに、将来の返済能力を超えて発行された長期国債も吸収されて、物価水準が依然として安定する。

・大量の貨幣供給と国債発行でも、長短金利がゼロ水準にとどまる下で物価が安定する均衡は継続しやすい性質を有する。しかし、何らかのきっかけで、金利がゼロ水準から離陸するやいなや、物価が一挙に数倍に高騰する。その際に財政規律を回復することを速やかに宣言しないと、一度きりの物価高騰がハイパーインフレ注3)に転じてしまう。

・ゼロ金利の物価安定下では、財政規律を大幅に緩めることができるが、いずれ国民は、物価高騰と厳しい財政規律によって、それまでに大量に発行された国債の返済に迫られることになる。

 

 ◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

注1)貨幣数量説:

物価水準が貨幣要因で決定されるとする理論。具体的には、物価水準は、貨幣供給量の増加とともに上昇すると想定されている。

注2)物価水準の財政理論(FTPL):

物価水準が財政要因で決定されるとする理論。具体的には、物価水準は、将来の財政余剰(財政収入が財政支出を上回る度合い)が減少するとともに上昇すると想定されている。なお、FTPLは、「the fiscal theory of the price level」の略。

注3)ハイパーインフレ:

物価上昇が年100倍程度のスピードで何年にもわたって継続する状況。

 

【論文情報】

著書タイトル:Strong Money Demand in Financing War and Peace: The Cases of Wartime and Contemporary Japan

著者:Makoto SAITO

出版社:Springer Nature Singapore

DOI: 10.1007/978-981-16-2446-9 

URL:https://link.springer.com/book/10.1007%2F978-981-16-2446-9

 

【研究代表者】

大学院経済学研究科 齊藤 誠 教授

https://researchmap.jp/makotosaito0724