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人文学

2021.09.22

メソアメリカ文明史上、最大級のイロパンゴ火山の噴火に古代の人々は屈しなかった

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院人文学研究科附属人類文化遺産テクスト学研究センターの市川 彰 共同研究員(米国コロラド大学ボルダー校研究員/日本学術振興会海外特別研究員)は、メソアメリカ文明注1)史上、最大規模と言われるイロパンゴ火山(エルサルバドル共和国)の噴火に古代の人々が屈しなかったことを明らかにしました。従来の学説では、紀元後6世紀中頃に起きたこの巨大噴火によって、厚い火山灰に覆われた地域は壊滅的状況となり、しばらくの間、人々が生活できる環境ではなく、100年以上経過してから公共建築注2)を伴う社会活動が再開されたと考えられてきました。しかし本研究では、エルサルバドル共和国にあるサン・アンドレス遺跡内最大の公共建築の発掘調査、放射性炭素年代測定、公共建築にかかる労働量の分析により、噴火後5~30年以内、遅くとも80年以内に、古代の罹災者たちは限られた労働人口で公共建築を建設、増改築していたことが明らかとなりました。当時の人々は、公共建築の建設に際し、加害因子である大量の火山灰を建築材として利用していました。このことから公共建築の建設には、災害からの再興過程において社会的紐帯を強化するだけでなく、災害の記憶を留める役割もあったと考えられます。
この研究によって、「大規模災害=人類社会の衰退・崩壊」ではなく、巨大噴火などによって生じる急激な環境変化に対する人類の創造力、適応力、持続可能性などに関する議論が、古代の人々の叡智を通じて深まることが期待されます。
この研究成果は、2021年9月21日付英国ケンブリッジ大学出版局の雑誌「Antiquity」オンライン版に掲載されました。
本研究は、文科省科研費 新学術領域研究(#26101003, #19H05734)、基盤研究B(19H01347)、若手研究(19K134000)、三菱財団(#29201)の支援による研究成果の一部です。

 

【ポイント】

・メソアメリカ文明史上最大級のイロパンゴ火山の噴火(紀元後6世紀中頃注3))に罹災した人々は、巨大噴火に屈しなかった。
・イロパンゴ火山から約40km西に位置するサン・アンドレス遺跡の公共建築の発掘調査と放射性炭素年代測定により、噴火後、早ければ5~30年以内、遅くとも80年以内に、社会活動の核となる公共建築を建造、増改築したことを明らかにした。
・広範囲に被害をもたらした火山灰を建築材として用いて公共建築を建造した。
・公共建築の建設にかかる労働量の計算から、罹災後の人口減少にもかかわらず、限られた労働人口で大規模な公共建築を建設した。
・共同作業が必要となる公共建築の建設は、それらに参加する人々の社会的紐帯を強化することにつながった。
・公共建築は政治・宗教的意味だけでなく、災害の記憶を留める装置でもあった可能性がある。
・巨大噴火=衰退・壊滅ではなく、急激な環境変化を受け入れ、そして対峙した、人類の創造力や適応力などについて、古代の人々の叡智や行為を通じて議論が深まることが期待される。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

注1)メソアメリカ文明:
アメリカ大陸の中央部で、16世紀にスペイン人が侵略するまで栄えた多様な諸文明の総称。先古典期(紀元前1800~紀元後250年)と呼ばれる時期には、巨石人頭像で有名なオルメカ文明が興り繁栄した。この先古典期には、マヤ文明の基盤が構築され、続く古典期(紀元後250~900/1000年)に開花し、各地で諸王国の興亡が見られる。イロパンゴ火山の噴火は、この古典期マヤ文明の一時的な衰退をも引き起こしたといわれている。後古典期(紀元後900/1000~16世紀前半)と呼ばれる時期には、アステカ文明などが栄えた。

注2)公共建築:
メソアメリカ文明の諸都市は、神殿ピラミッドや王宮などの公共建築を中心につくられている。こうした公共建築は、政治・宗教・経済活動の核として機能したと同時に、儀礼や饗宴などを行う場として機能し、多くの人々が集い、繋がる場所でもあった。メソアメリカの公共建築の特徴として、古い建造物を新しい建造物で覆うという習慣があった。イロパンゴ火山の噴火後に建設された公共建築も、少なくとも3~4回増改築された(図2)。

注3)イロパンゴ火山の噴火年代について:
現在、噴火年代は研究者の間で意見が分かれている。紀元後431年または紀元後539/540年が有力とされている。本論文では、サン・アンドレス遺跡の放射性炭素年代測定の結果との比較から、539/540年を用いている。

  

【論文情報】

雑誌名:Antiquity
論文タイトル:Human responses to the Ilopango Tierra Blanca Joven eruption: excavations at San Andrés, El Salvador
著者:Akira Ichikawa (市川 彰)
DOI:10.15184/aqy.2021.21
URL:https://www.cambridge.org/core/journals/antiquity/article/human-responses-to-the-ilopango-tierra-blanca-joven-eruption-excavations-at-san-andres-el-salvador/C3C5F323AF8489C3729B630FBC063B10

 

【研究代表者】

人文学研究科附属人類文化遺産テクスト学研究センター 市川 彰 共同研究員