国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院医学系研究科（研究科長 門松 健治）産婦人科学の伊吉 祥平（いよし しょうへい）大学院生、吉原 雅人（よしはら まさと）特任助教、梶山 広明（かじやま ひろあき）教授、ベルリサーチセンター産婦人科産学協同研究講座の那波 明宏（なわあきひろ）特任教授、同大トランスフォーマティブ生命分子研究所（ITbM）の山口茂弘（やまぐちしげひろ）教授らの研究グループは、卵巣癌腹膜転移巣での腫瘍増殖において脂肪細胞が悪性化に関与する新たなメカニズムを解明しました。
卵巣癌は婦人科領域における最も予後不良な癌腫の一つであり、腹膜播種を伴う特徴的な進展様式を示します。卵巣癌細胞は脂肪細胞に富んだ組織である大網や腸間膜に選択的に播種巣を形成し、そこで原発巣を上回る勢いで増殖することが知られており、このことが卵巣癌の根治を難しくする要因の一つとなっています。本研究では、転移巣に豊富に存在する脂肪細胞に着目し、卵巣癌細胞とのクロストークや癌細胞増殖に与える影響について検討を行いました。
その結果、悪性腹水の添加や卵巣癌細胞との共培養により、Wnt シグナル^※3 が活性化されて大網由来脂肪細胞の脱分化プロセスが誘発され、大網脂肪細胞由来線維芽細胞（O-ADF）へと変化することを新たに見出しました。また、O-ADF と接することで、卵巣癌細胞の増殖能及び遊走能が亢進することも確認され、脂肪細胞に富んだ組織での卵巣癌増殖を支えるメカニズムの一つになっていると考えられました。こうした脱分化プロセスを標的とすることは、腹膜播種を伴う進行卵巣癌における新たな治療戦略になると考えられました。
本研究成果は、国際医学総合誌「International Journal of Cancer」（英国時間 2021 年9 月16 日付の電子版） に公開されました。
本研究は、日本学術振興会新学術領域研究（題番号: 17H04338, 19H03797, 20H03824）の助成を受けて行われました。

【ポイント】

○卵巣癌の多くは腹膜播種^※1 をきたした進行期で発見される。播種先として脂肪細胞^※2 を豊富に有する組織である大網や腸間膜への選択性を示し、そこで原発巣を上回る勢いで増殖するが、その詳細なメカニズムについては不明な点も多い。
○卵巣癌細胞が近隣に存在する大網脂肪細胞の脱分化プロセスを促進し、大網脂肪細胞由来線維芽細胞（O-ADF）を誘導する。
○脱分化によって得られたO-ADF は卵巣癌細胞の増殖や遊走を促進し、腫瘍増殖に寄与する。

◆詳細（プレスリリース本文）はこちら

【用語説明】

※１ 腹膜播種：腹膜を覆う腹膜表面へ腫瘍細胞が「種を播いた」ように散布し、腹膜に転移巣を形成する卵巣癌に特徴的な転移形態。
※２ 脂肪細胞：脂肪組織に存在する細胞で、内部に脂肪滴と呼ばれる脂質を貯蔵する細胞小器官を有する。
※３ Wnt シグナル：分泌性糖タンパク質のファミリーであるWnt が受容体に結合することで活性化し、胚発生や癌など多様な細胞機能に関与する。

【論文情報】

掲雑誌名：International Journal of Cancer
論文タイトル：Pro-tumoral behavior of omental adipocyte-derived fibroblasts in tumor microenvironment at the metastatic site of ovarian cancer
著者：Shohei Iyoshi1,2, *Masato Yoshihara1, Kae Nakamura1,3, Mai Sugiyama4, Yoshihiro Koya4, Kazuhisa Kitami1, Kaname Uno1,5, Kazumasa Mogi1, Sho Tano1, Hiroyuki Tomita6, Keiji Kajiwara7, Masayasu Taki8, Shigehiro Yamaguchi7,8, Akihiro Nawa4, and Hiroaki Kajiyama1.
所属：¹Department of Obstetrics and Gynecology, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Japan
²Spemann Graduate School of Biology and Medicine, University of Freiburg, Freiburg, Germany
³Center for Low-Temperature Plasma Sciences, Nagoya University, Nagoya, Japan
⁴Bell Research Center, Department of Obstetrics and Gynecology Collaborative Research, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Japan
⁵Division of Clinical Genetics, Department of Laboratory Medicine, Lund University Graduate School of Medicine, Lund, Sweden
⁶Department of Tumor Pathology, Gifu University Graduate School of Medicine, Gifu, Japan
⁷Department of Chemistry, Graduate School of Science, Nagoya University, Nagoya, Japan
⁸Institute of Transformative Bio-Molecules, Nagoya University, Nagoya, Japan
DOI：https://doi.org/10.1002/ijc.33770
English ver.
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_E/research/pdf/Int_Jou_Can_210916en.pdf