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医歯薬学

2021.10.05

転写ネットワーク発展の礎となったゲノム進化を同定

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院医学系研究科(研究科長・門松 健治)・神経遺伝情報学(教授・大野 欽司)の河地 利彦(かわちとしひこ)医学部 6 年生、増田 章男(ますだあきお)准教授らの研究グループは、脊椎動物に共通に保存されている C 塩基の偏在が、液―液相分離を介した遺伝子発現制御の基盤となっていることを発見しました。
すべての生物で、ゲノムDNA はACGT の4 種類の塩基から成り、タンパク質配列がACGT 配列に置き換えて格納されています。生物は、大きなゲノム配列の変化を経て進化してきましたが、私たちヒトに至る過程で、どのような変化にどんな進化上の意義があったのかは、大きく謎に包まれています。
今回、タンパク質をコードするゲノム領域の中で、エクソン※1 と呼ばれる単位に着目して解析を行ったところ、C塩基が、生物進化とともに、とりわけ長い(多くの塩基数から成る)エクソンに偏在していくことを発見しました。この C 塩基の偏在は、脊椎動物で特に顕著で、その配列を基に合成される蛋白は、天然変性領域と呼ばれる液―液相分離に必要な領域を形成し、RNA 合成を司る転写因子群の機能発現を担っていました。生物は、このC 塩基の偏在により、今の脊椎動物に見られる複雑で高度な転写ネットワークを獲得したと考えられます。さらに、一般的に長いエクソンほど、その転写・翻訳は困難になりますが、RNA代謝因子SRSF3の発現が、それを補い維持していることを同定しました。SRSF3 は、癌遺伝子としても知られ、本研究成果は、生物進化研究のみならず様々な病態解明に寄与することが期待されます。
本研究成果は、科学雑誌「The EMBO Journal」に掲載されました(2021 年10 月4 日付電子版)。

 

【ポイント】

○ ゲノムに3000 個以上ある長いエクソンのスプライシング※2に必須な因子としてSRSF3 を同定しました。
○ 長いエクソンは、C 塩基に富み、これはRNA 代謝因子hnRNP K の結合を誘導します。hnRNP K の結合はスプライシングを阻害しますが、SRSF3 が拮抗して働きます。結果、これら長いエクソンのスプライシングは保持され、この領域の蛋白への翻訳が保証されています。
○ 長いエクソンにおけるC 塩基の偏在は、プロリンやセリンなど特定のアミノ酸コードを増加させ、天然変性領域※3とよばれる、液―液相分離を介した転写因子の相互活性を司る領域の形成を促しています。
○ 長いエクソンへのC 塩基の偏在は、進化とともに進み、脊椎動物で特に顕著です。SRSF3 が長いエクソンのスプライシングを保証することで、転写因子の多様なネットワーク活動の発展が促され、脊椎動物の高度な生命活動が形作られてきました。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

※1 エクソン
真核生物のほとんどの遺伝子において、タンパク質の情報に相当する部分はゲノムDNA 中に分断されて存在します。 遺伝情報がコードされている領域がエクソン、遺伝情報がコードされていない領域がイントロンと名付けられています。

※2 スプライシング
DNA から転写されたRNA の一部を切り取り、エクソン同士をつなげる機構。スプライシングによってつなげられたRNA が成熟mRNA として細胞質に運ばれ翻訳されることで、蛋白が合成されます。

※3 天然変性領域
細胞中で三次元立体構造をとらずに伸びた構造をとる領域を指しています。荷電や極性などが偏った、限られたアミノ酸組成で構成されることが特徴です。近年、この領域は液―液相分離と呼ばれる膜に依存しない機能性分画形成を、促進する領域であることが明らかとなり、注目されています。


【論文情報】

掲雑誌名:The EMBO journal
論文タイトル:Regulated splicing of large exons is linked to phase separation of vertebrate transcription factors

著者:Toshihiko Kawachi1,2, Akio Masuda1,2,*, Yoshihiro Yamashita1, Jun-ichi Takeda1, Bisei Ohkawara1, Mikako Ito1, Kinji Ohno1
所属:1Division of Neurogenetics, Center for Neurological Diseases and Cancer, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Japan. 2These authors equally contributed to this work.
* Corresponding author
DOI: https://www.embopress.org/doi/10.15252/embj.2020107485
English ver.
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_E/research/pdf/EMBO_211004en.pdf

 

【研究代表者】

大学院医学系研究科 増田 章男 准教授

https://www.med.nagoya-u.ac.jp/neurogenetics/