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医歯薬学

2022.05.12

歯髄幹細胞による先天性腸神経症の治療 ~多能性幹細胞による腸運動の再生~

名古屋大学大学院医学系研究科細胞生理学の岩田尚子(いわたなおこ)、高井千穂(たかいちほ)研究補助員と中山晋介(なかやましんすけ)准教授のグループは、九州大学、福岡歯科大学、国際医療福祉大学などとのモデル動物での共同研究を通じて、乳歯の歯髄幹細胞(dDPSCs)に先天性腸神経障害への治療効果があることを明らかにしました。またこの事実は、腸の複雑な協調運動が複数のモーターシステムの連携で組織的に運営されることを、疾患モデル動物での治療効果により実証したものです。
ヒルシュスプルング病(HSCR)とその類縁疾患は、日本で 5000 出生に 1 程度の発生率の先天性腸神経障害です。現在の治療は患部腸管の切除やバイパス手術ですが、多くの患児が生涯に亘り合併症に苛まれる難病で、その合併症は手術時に「正常」と判断され残された消化管の機能不全などに起因します。
そこで本研究では、新たな細胞治療の可能性を探索しました。乳歯歯髄幹細胞は、神経堤由来細胞マーカーを発現し、クラス II HLA※1 の低い多能性幹細胞です。一方、先天性腸神経障害のモデル動物として用いた JF1 マウスは、エンドセリン B 受容体 Ednrb 遺伝子変異をもち、特に近位部結腸において疎らな壁内神経叢を特徴とします。この JF1 マウスへヒト乳歯歯髄幹細胞を経静脈的に細胞移植したところ、生存率と栄養状態が回復しました。JF1 マウスの結腸近位部では、速い電位と緩徐な電位で構成される電気複合体が頻繁に発生しますが、正常な野生型(B6)マウスの結腸近位部では、3-4 秒周期の緩徐な基礎電気リズムが発生しています。ヒト乳歯歯髄幹細胞を移植したところ、JF1 マウスに野生型のような基礎電気リズムが見事に回復しました。また、移植されたヒト乳歯歯髄幹細胞は、SDF1α とCXCR4※2 の相互作用により JF1 マウスの患部消化管へ移動し、近位部結腸ではペースメーカ細胞と神経の両方に分化しました。さらにヒト型 GDNF, NGF と SCF※3 等も増加しており、パラクリン作用も併せ持つことが確認されました。
19 世紀末におけるヒルシュスプルング(1888)およびベイリスとスターリング(1899)によって報告※4 された臨床と生理学研究のエビデンスは論理的に強固に一致し、その後、「内在神経系による腸の協調運動」という概念が定着しました。20 世紀末にカハール間質細胞のペースメーカ細胞としての働きが見いだされましたが、この「内在神経制御腸運動」の概念は、依然として治療ガイドラインなどに強く影響を与えているようです。私たちの多能性幹細胞(乳歯歯髄幹細胞)移植研究は、複雑な腸運動ではペースメーカ細胞ネットワークを含めた複数のモーターシステムの協調が働く事実を示した成果でもあります。本研究成果が、消化管運動障害での治療概念の適切な修正と根治的治療開発に繋がることを期待します。
本研究成果は、学際的オンライン・オープンアクセス誌「Scientific Reports 」(2022 年 4 月28 日付)に掲載されました。

 

【ポイント】

○ヒルシュスプルング病とその類縁疾患は、5000 出生に 1 人程度の発生率の先天性腸神経障害である。現在の治療は患部腸管の切除やバイパス手術だが、多くの患児が生涯に亘り合併症に苛まれる。
○乳歯の歯髄幹細胞(dDPSCs)は、神経堤由来細胞マーカーを発現し、HLA クラス II の低い多能性幹細胞である。JF1 マウスは、Ednrb 遺伝子変異をもつ先天性腸神経障害モデルで、特に近位部結腸で疎らな壁内神経叢が特徴である。この JF1 マウスにヒト乳歯歯髄幹細胞を経静脈的に細胞移植したところ、生存率と栄養状態の回復が見られた。
○野生型 B6 マウスの近位結腸では 3-4 秒周期の基礎電気リズムが見られ、一方、JF1 マウス近位結腸では速い電位と緩徐な電位の電気複合体が発生していた。ヒト乳歯歯髄幹細胞の移植は、JF1 マウスに野生型のような基礎電気リズムを回復させた。
○JF1 マウスでは、移植されたヒト dDPSCs が患部消化管へ移動し、近位結腸ではペースメーカ細胞と神経の両方に分化していた。さらに、マウス型 NGF と GDNF、及びヒト型 GDNF,NGF と SCF も増加しており、パラクリン作用も併せ持つことが確認された。
○ヒルシュスプルング(1888)とベイリスースターリング(1899)が臨床的、生理学的に一致したエビデンスを報告し、その後、内在神経系による腸の協調運動という概念が定着した。私たちの研究は、実際の腸の複雑な運動は、ペースメーカ細胞ネットワークを含む複数のモーターシステムの統合により構築されることを細胞治療によって実証した。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

※1 HLA(ヒト白血球型抗原):
HLA 抗原は、クラス I、クラス II などがあり、クラス II は細胞外から来たタンパク質をペプチドとして抗原提示するという役割を担う。古典的なクラス II 抗原として HLA-DR、DQ、DP の 3 種が知られる。HLA 適合度が高いと移植時の生着不全などのリスクが少ない。
※2 SDF1α/CXCR4:
ケモカイン Stromal cell-derived factor-1 (SDF-1α)は、CXC モチーフ型ケモカイン受容体 4(CXCR4)のリガンドとして細胞遊走などに働く。
※3 GDNF (Glial cell line-derived neurotrophic factor)/NGF (Nerve Growth Factor)/SCF (stem cell factor):
グリア細胞株由来神経栄養因子(GDNF)は GDNF 遺伝子にコードされるタンパク質で多くのタイプの神経細胞の生存を促進する低分子量タンパク質である。
神経栄養因子(NGF)は神経細胞の増殖維持に特異的に作用する物質で、脳や顎下腺に含まれる。
幹細胞因子 (SCF)は c-kit 受容体のリガンドで、主に多能性幹細胞に作用して分化増殖を促す。
※4 ヒルシュスプルング(1888)およびベイリスとスターリング(1899)による報告:
デンマークの小児科医ヒルシュスプルング(Harald Hirschsprung)が、腸の壁内神経を部分的に欠損して巨大結腸を来した(ヒト)乳児 2 例を報告した:Hirschsprung H. Stuhlträgheit neugeborener in folge von dilatation und hypertrophie des colons. Jahrb. Kinderheilkd.
Phys. Erzieh. 27, 1–7 (1888).
一方、英国の生理学者ベイリスとスターリングは動物で実験結果から、小腸での局所刺激で惹起される蠕動運動は、内在する局所神経のメカニズムで作られること(所謂、腸の法則「局所刺激による上部(口側)興奮と下部(肛門側)の抑制」)を報告した。:Bayliss WM, Starling EH. The movements and innervation of the small intestine. J Physiol. 24, 99-143 (1899).

 

【論文情報】

掲雑誌名:Scientific Reports
論文タイトル:Dental pulp stem cells as a therapy for congenital entero-neuropathy
著者:Koichiro Yoshimaru1, Takayoshi Yamaza 2, Shunichi Kajioka 3, Soichiro Sonoda 2, Yusuke Yanagi 1, Toshiharu Matsuura1, Junko Yoshizumi4, Yoshinao Oda5, Naoko Iwata 6, Chiho Takai6, Shinsuke Nakayama 6*, Tomoaki Taguchi 1
所属名:
1Department of Pediatric Surgery, Kyushu University Graduate School of Medical Sciences, Fukuoka, Japan.
2Department of Molecular Cell Biology and Oral Anatomy, Kyushu University Graduate School of Dental Science, Fukuoka, Japan.
3Department of Clinical Pharmacology, Kyushu University Graduate School of Medical Sciences, Fukuoka, Japan.
4Department of Oral and Maxillofacial Surgery, Fukuoka Dental College, Fukuoka, Japan.
5Department of Anatomic Pathology, Kyushu University Graduate School of Medical Sciences, Fukuoka, Japan.
6Department of Cell Physiology, Nagoya Univer sity Graduate School of Medicine, Nagoya, Japan.
DOI:10.1038/s41598-022-10077-3

 

English ver.
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_E/research/pdf/Sci_220511en.pdf

 

【研究代表者】

大学院医学系研究科 中山 晋介 准教授