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化学

2022.05.12

生きた細胞内で脂肪酸の代謝産物を3色で染め分け ~脂質代謝を標的とした細胞機能解明と創薬へ~

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)の多喜 正泰 特任准教授、山口 茂弘 教授らの研究グループは、ミュンスター大学(ドイツ)のフランク・グロリアス教授との共同研究で、生きた細胞内で脂肪酸の代謝産物を染め分けることができる新たな技術を開発しました。
細胞内に取り込まれた脂肪酸は、様々な代謝過程を経由して細胞小器官(オルガネラ)に分布され、リン脂質合成やエネルギー産生などに利用されます。脂肪酸代謝は生命維持活動と直結しており、代謝機能の異常と肥満・がん・肝炎などの多様な疾病との関連性も明らかになっています。蛍光イメージング法は細胞内の脂肪酸代謝を観察するうえで有効な手法ですが、代謝された脂肪酸がどのオルガネラにどの程度存在し、どのように利用されているのかを評価することは困難でした。
本研究では、周囲の極性環境に応じて蛍光特性が変化する蛍光色素に着目し、これを長鎖脂肪酸の末端に連結させた蛍光性の脂肪酸誘導体「AP-C12」を開発しました。この分子を細胞に添加すると、「AP-C12」の代謝産物が様々なオルガネラに分布し、さらにはオルガネラの局所的な極性環境に応答して蛍光スペクトルが変化することがわかりました。その性質を生かし、異なる励起・検出波長のセットを用いることにより、代謝産物の細胞内分布を細胞質基質、膜組織、脂肪滴に分けて蛍光色の違いとして可視化することに成功しました。脂質代謝の研究や、代謝経路を標的とした創薬への応用などが期待されます。
本研究成果は、2022年5月9日付イギリス科学誌「Nature Communications」オンライン版に掲載されました。

 

【ポイント】

・細胞内での脂肪酸代謝産物の分布を可視化、および分析するための方法論が求められていた。
・周囲の環境によって蛍光特性が変化する蛍光色素を連結した脂肪酸誘導体AP-C12を開発し、脂肪酸代謝産物の細胞内分布を色の違いとして可視化・分析することに成功した。
・細胞の栄養飢餓状態において、ミトコンドリアへの脂肪酸供給はリポリシスが優先して進行していることが示唆された。
・本手法は、脂肪酸代謝が関与する生命科学研究や創薬における強力なツールとなることが期待される。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【論文情報】

雑誌名:Nature Communications
論文タイトル:A negative-solvatochromic fluorescent probe for visualizing intracellular distributions of fatty acid metabolites
著者:Keiji Kajiwara, Hiroshi Osaki, Steffen Greßies, Keiko Kuwata, Ju Hyun Kim, Tobias Gensch, Yoshikatsu Sato, Frank Glorius*, Shigehiro Yamaguchi*, Masayasu Taki*
DOI:10.1038/s41467-022-30153-6
URL: https://www.nature.com/articles/s41467-022-30153-6

 

【WPI-ITbMについて】(http://www.itbm.nagoya-u.ac.jp
名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(ITbM)は、2012年に文部科学省の世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)の1つとして採択されました。名古屋大学の強みであった合成化学、動植物科学、理論科学を融合させ、新たな学問領域であるストライガ、植物ケミカルバイオロジー研究、化学時間生物学(ケミカルクロノバイオロジー)研究、化学駆動型ライブイメージング研究などのフラッグシップ研究を進めています。ITbMでは、精緻にデザインされた機能をもつ分子(化合物)を用いて、これまで明らかにされていなかった生命機能の解明を目指すと共に、化学者と生物学者が隣り合わせになって融合研究を行う「ミックス・ラボ、ミックス・オフィス」で化学と生物学の融合領域研究を展開しています。「ミックス」をキーワードに、人々の思考、生活、行動を劇的に変えるトランスフォーマティブ分子の発見と開発を行い、社会が直面する環境問題、食料問題、医療技術の発展といったさまざまな課題に取り組んでいます。

 

【研究代表者】

トランスフォーマティブ生命分子研究所(ITbM) 多喜 正泰 特任准教授山口 茂弘 教授
http://orgreact.chem.nagoya-u.ac.jp